14. 夢女子デート計画の始まり始まり

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14. 夢女子デート計画の始まり始まり

「はぁ!? 口説かれたぁ!?」  イベント終了後。各自自由行動を取っていた知佳、響、藍の三人は会場から移動すると、喫茶店で打ち上げを開始していた。知佳がこれまでの経過を二人に説明し終え、開口一番に藍が叫んだのが、冒頭の発言である。 「く、口説かれたっていうか……その、連絡くださいって言われただけというか」 「可憐とか麗しいとかも言われたんでしょー? それは口説かれたと同義では?」 「それはあれよね? 夢対応してもらったってわけじゃなくて、……マジの方?」  夢対応とは、夢女子に対してその人物の好きなキャラクターとして接することである。褒め言葉や連絡をくれ、という発言があくまでキャラクターとしてのリップサービスに過ぎないのか、それとも紫呉本人として本気で口説いてきたか。争点はそこにある。  キャラクターとしての発言であったのならば、世辞と認識してサービスに対して礼を伝えるだけでよいだろう。しかし、本人が口説いてきたのであれば話は別だ。キャラクターではなく本人が口説いてくる――ということは、要はナンパされたということになる。   「あれは、……マジの方、だと思う。譲さんじゃなくて、紫呉さん……レイヤーさん本人と話してた時だったから……」   連絡うんぬんの話になったのは、片目が見えず困っていた紫呉を目的地まで案内したことについて、礼をしたいと紫呉が発言したときであった。相応の礼の方法が見つからず悩んでいた知佳に、ならば後日思い付いたら連絡をくれ、と提案してきたのである。 「怪しい」 「怪しいって、何が?」  藍はテーブルに肘をつき、口の前で両手を組んだ。目元が怪しく光っている。 「何もかもよ。普通、礼を辞退されたらどんなに感謝してても引くもんじゃない? 命を助けたわけでもないし、オーバーすぎるのよ。もしかしたら初めから狙ってたのかも……。ほら、親切心を利用して近付くっていう作戦があるって聞いたことあるし」 「最初から知佳ちゃん狙いで困ってるように見せたってこと? いやー、流石にそれはないんじゃないかな。そもそも紫呉さんとやらを探してたのはこっちだしさ。それに出会いのきっかけのためだけにわざわざコンタクトを落とすなんて面倒なこと、しないと思うけどなぁ」  あくまでも紫呉を怪しむ藍に対し、響は前向きに捉えているらしい。さらに議論は白熱する。 「コンタクトなんて直前で外せばいい話。実際、レンズは持ってたわけだしね。度入りっていうのも本当かどうか」 「仮にそうだとして、あの広い会場の中を、実は向こうもともちゃんを探してたなんて無理があるよ。連絡手段もないのに見つけ出すなんて、ともちゃんみたく余程の根気がないと無理じゃない?」 「本気で探してたわけじゃないけど、偶然会えたからあわよくば、とか」 「その方がまだ可能性は高そうだね。でもさー、ともちゃんから聞く限り、同じようなことがあったらスタッフさんを頼れ、なんて最後に注意を促してくれるような人なんだし、悪い人じゃなさそうだけどな」  当事者を置いて、二人は互いに意見をぶつけ合う。噂の張本人がこの場にいないのだ。結論は当然出るはずがない。 「……で、ともちゃんはどうしたいの? 連絡とる?」  この膠着状態を脱却するきっかけを与えたのは、紫呉を前向きに捉えている響であった。当事者ではない人間がああでもないこうでもないと話し合ったところで、結局のところ当事者がどうするかにかかっているのだ。知佳は唇に曲げた指を当てながら、暫し考え込む。 「う、うーん。……そうだね、名刺も頂いたし、ご挨拶はするつもり。お礼に関しては……まだ思いつかないけど」 「挨拶はともかくお礼ねぇ……。別にこっちは必要ないって思ってるんだし、わざわざ提案する必要も無いと思うけど」 「私もそう思うんだけど、納得されなかったからなぁ……。時間置いたら忘れてくれるかな?」 「えー、折角だし何かしてもらおうよー。もらえるものはもらっとこ!」 「響って、そういうとこあるよね。図太いというか打算的というか」  あくまで否定的な姿勢を崩さない藍に、楽観的ともいえる響の考え。両者ともに意見を変えるつもりはないようだ。 (なんて返事をするのがいいんだろう……)  二人の意見をもとに、知佳はどう挨拶をするか考え始めた。シンプルに、話が出来たこと、名刺を頂けたことについて言及するだけで良いのか。あえて礼について触れなければ流してもらえるのだろうか。 (うん、先のことは後で考えよう。ひとまずは挨拶だけを……) 「でもお礼、お礼かー……あ、それならいい案があるよ。とっておきのが」  知佳の中で一旦答えを出そうとしたところで、響が何かを思いついたらしく、キラキラと輝かしい笑みを浮かべている。その笑顔に、藍は嫌な予感を覚え、体を震わせた。 「とっておき? 何?」 「結婚式を挙げるんだよ」 「………………うん?」  そう嬉々として言ってのけたのは、あまりに端的で、それでいて意味不明な案であった。イベント開始間際と同様、その考えに至ったまでの過程を後回しにして、結論から先に言うせいで聞き手を混乱させてしまうのは、響の悪い癖と言えるだろう。 「だから、結婚式! ともちゃんは譲さんと結婚したいっていう夢がある、紫呉さんはともちゃんにお礼がしたい。それなら、紫呉さんに譲さんのコスプレしてもらって結婚式あげられたら。二人ともの願いを叶えられるし、一石二鳥な話じゃない?」 「待った。信用できるかどうかって話しててそれはない。どんな人なのかもよくわかってないのに結婚式って」 「藍、待って。それもそうだけど、そもそもコスプレで結婚式なんて挙げられる? それも、コスプレしてる本人じゃなくて、キャラクターの方と、なんて無理じゃない?」  響の提案は、一見すると両者の願いを同時に叶えられる魅力的な内容ではあるが、反対した二人の言うように、その前提がまず成立しない。机上の空論を述べたところで、結局は皮算用でしかないのだ。しかし、二人に否定された響は堪えた様子もなく、静かに首を横に振る。 「何も本物の結婚式を挙げる必要なんてないよー。結婚式風の撮影したらいいだけなんだから。そういう撮影なら、藍ちゃんもしたことあるんじゃない?」 「あー、それならなくはないな。前にやったことあるよ。撮影所にチャペルのセットがあって、そこで撮ったね。それをするってこと?」 「そう! それならカメラマンを頼む必要があるから二人きりになることはないだろうし、安全かなー、って」 「……うん、一理ある」  これまで一切、否定的な姿勢を崩さなかった藍がついに折れる。この内容であれば、妥協できたようだ。 「……そうね、なんならそのカメラマン、私がするわ。それなら撮影慣れしてない知佳の傍にいられるし、いざというときの対処も慣れてるしね」 「待って待って。結婚式の撮影する流れになってない!? 私そんなお願いするなんて言ってないよ!」  しかし、藍が妥協できても、当の本人が納得していない。知らぬ間に進む話に、知佳は困惑の色を隠せないでいる。 「でも興味はあるでしょ? 私も思ったけど、紫呉さんの譲さんコス、知佳の目から見ても完璧だったんだよね? そんな人と結婚式の撮影できたら最高だと思わない?」 「思……わなくも、ない」  なんだかんだ後ろ向きな姿勢でいても、知佳の根底にあるのは譲と結婚式を挙げられるかもしれないという希望だ。甘言を囁かれれば、揺らぎもする。 「でしょー? じゃあそうしようよ!」 「待って。まだそもそもそんなお願い聞いてもらえるかわからないし、そんな撮影だと準備も大変だよね? ただ道を案内しただけのお礼じゃ釣り合わないよ」  揺らぎはしても、理性は正しく保たれている。藍も当初口にしていた通り、知佳が紫呉に行ったのはただの道案内。付け加えて、肩を貸していたという要素はあっても、到底釣り合うとは思えなかった。 「えー、じゃあ結婚式は諦めるの?」 「やっぱり結婚式はハードル高いかな。せめて……その、お茶とか」 「お茶! それはもしかして夢女子デート、ってやつ? いいねー。どんな人なのかの見極めも出来そう!」 「夢女子デート!? そ、そういうのじゃないよ!」   夢女子デートとは、夢女子とその好きなキャラクターとのデートのことを指す。要するに、夢対応のデート版である。響の中では、知佳と紫呉の扮する譲が撮影なりデートなり、何かしらを二人で行うことが確定してしまっているらしい。知佳の発言を都合よく解釈している。 「譲さんじゃなくて、紫呉さん本人とお茶するつもりだったけど……そっか、そんな方法も……」  だが、知佳もまたまんざらでもない様子だ。願望と理性とのせめぎ合いに揺れている。 「あー、それならコスイベで見たことあるかも。既存のキャラとお洒落してる女の子が手を繋いで歩いてるとこ。その作品にあんな女の子いないから、あれは夢女子デートだったんだろうな」 「それなら結婚式よりハードルは低いし、周りに人も沢山いるから変なトラブルにもならないだろうし、安全だと思わない?」 「んー、それなら私も賛成。ありだと思う。さっきも行ったけど、私が撮影したげるし」 「譲さんと、夢女子デート……」  響に強引に腕を引かれ、藍からも背中を押され、ぐるぐると回る思考の中で、知佳はとうとう結論を出した。 「……あり」  ぼそりと呟いた知佳の言葉に、響と藍の二人は満足そうに頷いた。   「じゃあ決まり。それでお願いしてみよ」 「そうだねー! それで、あわよくば結婚式の撮影もしちゃおう!」 「そ、それは一回会ってみてからかな! 会ってもらえるかもわかんないしね。藍ちゃんも前に言ってたけど、見極めは必要だろうし、仮に問題なくても撮影の準備に手間も取らせちゃうだろうから、その時はお礼じゃなくて依頼って形でお願いしてみるよ」  話が早すぎる二人に対し、あくまでも冷静であろうとする知佳。だが気持ちはすっかりその気だ。結局のところ、羞恥や紫呉への迷惑を考えて躊躇いはしても、知佳自身が長年抱いてきた夢の一部を叶えられる可能性を捨てられなかったのである。数十年に及びこじらせてきた初恋というものは、知佳の中で今でも比重の大きい感情なのだから。 「私はSNSでこれまでの活動とか評判とか、フォロワーさんにも協力頼んで探ってみるよ。用心に越したことはないからね」 「あ、それなら私、恵ちゃんと希ちゃんの名刺頂いてるから、その二人にも紫呉さんについて聞いてみる!」 「お、いいね。実際に撮影したことがある人の意見は貴重だしね。とりあえず知佳はまず、夢女子デートの約束を取りつけること!」  「わ、わかりました! 頑張ります!」 「じゃあ私はー、報告待ってるよ!」 「焚きつけたのはあんたなんだから、あんたもちゃんと協力しなさい!」 「冗談冗談! 私も知り合いのレイヤーさん当たってみるよ。コス界隈詳しくないから、藍ちゃんほど頼りにならないと思うけど」 「よし、じゃあ各自、やれることやっていこう!」 「おー!」 「お、おー!」  当事者の知佳は話の進む速さに困惑、緊張している節があるが、対する部外者の二人は明らかに知佳よりも楽しんでいる様子だ。各々スマホを取り出すと、すぐさま行動に移る。結論が出ると動き出すのが早いのは、ある意味オタクの特徴ともいえるかもしれない。   こうして、オタク女子三人組による、知佳の夢女子デートに向けた計画は始動したのだった。
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