11. 再会願い、走り出せ

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11. 再会願い、走り出せ

「はぁ……かっこよかった……」  譲の姿が見えなくなると、フラフラする体を藍に支えられながら知佳たちはサークルスペースへと戻り始めた。 「ね? ヤバかったでしょ? あのクオリティなら、求めるハードル高そうなあんたでも満足すると思ってね」 「うん……すごくかっこよかった……。背はすらっとしてるし、笑った時の笑顔は優しくて素敵だし、最高だった……。ありがとう、連れてきてくれて……。はぁ……本物がいた……現実にいたよ、譲おじさま……。尊い……無理……」 「興奮しすぎて語彙力喪失してるな」  気持ちが高ぶりすぎた人間は思考が鈍りやすい傾向にある。その結果、単純な言葉しか話せなくなることはままあることだ。さらに息は絶え絶え、足元はおぼつかないとなると、もはや満身創痍である。激情というものは、時に運動後並の疲労感を体に与えうるものだ。 「衣装の出来もよかったんだよね。衣装の造形もちろん、刺繍部分まで細かく縫い込まれてたし、あれはおそらく自作……制作期間どれくらいだろう……あそこまで作り込むとなるとかなりの時間と根気が……」 「なんだかんだ言って、暁斗もしっかり見てたんだね」 「そりゃあね! あれだけのレベルのレイヤーに出会うことなんてまぁないし。参考に出来そうなところがあれば注目するよ!」  知佳に負けず劣らず、藍もまた譲のコスプレイヤーに目を奪われていたらしい。着眼点は同じコスプレイヤーらしく知佳とはズレているが、一目置く存在であったことは確かなようだ。 「って、あー! しまった、名刺もらっておくんだった……」 「本当だ! 名前も聞いてないし、惜しいことした……」  コスプレイヤーやサークル参加者の多くは、ハンドルネームやSNSのアカウント名等の情報を記載した名刺を持参している場合がある。その名刺の情報を辿ることで、日々の活動や過去の作品を知ることが出来る。藍曰くそうそう出会うことのない高いクオリティのコスプレイヤーの名刺どころか名前さえも知らないとなると、今後情報を追うことはかなり困難だ。貴重な機会を逃してしまったと言えるだろう。 「貰いに行ってくる!」 「待てい!」  欲望に忠実な知佳は咄嗟に来た道を引き返そうとする。しかし、即座に藍に腕を取られ引き止められると、その反動で知佳は後方に転びかけた。 「あんたそのフラッフラな体で戻る気!? 休憩とってからにしなさい!」 「でもすぐに行かないとどこか行っちゃうかも……!」 「もう既に移動してるからどこにいるかわかんないわよ! あんたも見送ってたでしょうが!」 「……ハッ!」  知佳たちはキュアマギ大型併せの集団がどこかへ移動するのを見届けている。それも、背が見えなくなるまでだ。行き先はもちろん知らない。 「嘘でしょ、忘れてたの? ……本当、一回落ち着きなさい。気持ちはわかるけど、今の状態で押しかけたら、あんた迷惑行為の一つや二つやらかしそうだし」 「それは……! ない、とは言いきれないかも……」  興奮のあまり筋道立てて話せず、乱れた文法を使用して勢いのまま話しかける自分の姿を、知佳は容易に想像出来てしまった。そんな状態で声をかければ困惑されるのは目に見えている。理想の女性になるべく邁進してきた知佳としては、夢のような出会いで失態を演じる訳には行かない。 「kyoも待ってるし、一旦頭と体を休ませよ。落ち着いたらまた探しに行けばいいからさ」 「うん、そうする……」  こうして、ようやく落ち着きを取り戻しつつある知佳は、藍の提案に従うと一時の休憩を入るのだった。 ****** (どのあたりにいるんだろう……)  それから暫く後のこと。休息をとり心身ともに回復した知佳は、一人コスプレエリアを練り歩いていた。目的はもちろん、譲のコスプレイヤーともう一度出会うためだ。今度こそ名前とSNS等の活動拠点を聞き出さねばならない。  響は撤収作業、藍は同じくコスプレエリアに移動したが今は別行動中だ。コスプレ仲間と合流しつつ、藍もまた譲のコスプレイヤーを探してくれているのである。SNS上に流れてくる目撃情報等も参考にしつつ、知佳はひたすらただ一人を求めて彷徨っていた。 (いない……)  キュアマギ大型併せをしていたことから、大人数で行動しているに違いないと踏んで、広いエリアを中心に回ってみたが見つかる気配がない。人だかりが出来ているかと思えば、別作品の高クオリティのコスプレイヤーの写真撮影待機の集団であったり、別の大型併せの団体であったりと、なかなか目的の集団に出会えない。 『どう? いた?』 『いない。フォロワーさんも聞いてみたけど、最新でも三十分前の情報だね。一応そこにも行ってみたけど、やっぱりいなかった』 『そっか……。ありがとう、引き続き探してみる!』 『ん。こっちもなにか分かったら連絡する』  逐一藍と情報交換をするも、成果が上がらない。ここまで来ると、既にコスプレエリアから移動しているのかもしれない。広大なサークルスペースを回っている、または既に着替えてしまっている可能性もある。そうなれば絶望的だ。 (……もう、会えないのかな)  諦めかけた、その時であった。 「恵ちゃん!?」  サークルスペースの方向から歩いてくる二人の人物。それはキュアマギのヒロインのうちの二人、恵と希であった。出てきた場所を考えるに、両手の紙袋の中身はおそらく戦利品だろう。 (歩き回ってみた感じだと、キュアマギのコスプレをしている人はいなかった。おそらく大型併せのメンバーのはず!) 「あの、すみません! そこの恵ちゃんと希ちゃん!」 「「はい?」」  おそらくは探している団体のメンバーであると踏んで、知佳は二人のもとへ駆けつけた。突然の呼びかけに驚いた様子だったが、二人は立ち止まって知佳を迎えてくれた。 「わぁ、可愛い……恵ちゃん希ちゃんだ……」  近くで見るとそのクオリティの高さに目を奪われる。明るく元気でボーイッシュな恵と、知的で上品なお嬢様の希。可愛らしさと美しさを備えた二人の雰囲気が、彼女たちから滲み出ている。 「えー、可愛い……。すごい、現実にいる……」 「……、あんた、何か用事? 私ら行くとこあるんだけど」 「……!」  目を奪われてしまい要件も言わずにブツブツと独り言のように彼女たちへの称賛を口にする知佳を不審に思ったのか、恵が訝しげな表情を知佳に向ける。だが何故かその口元だけは笑っている。 「ちょっと、恵! 初対面の人にその態度はないよ! すみません、この子はいつも喧嘩っ早くて……」  呆気に取られていると、今度は希が恵を諫め代わりに謝ってきた。そんな希の口振りに、知佳はあることに気が付いた。 (あ、もしかしてこれは……!) 「なによ、希。警戒して損はないでしょ。あんた、こないだだって変なおっさんに声かけられてたじゃん。通りがかった私に助けられてたのはどこの誰だったっけ?」 「今そんな話はしてないでしょ!? 恵はすぐに過去のこと掘り返してくるんだから」 「希は警戒心が足りなすぎるの。これだからご立派なお家に守られてるお嬢様は」 「何よ、そんな言い方ないじゃない! 恵の馬鹿!」 「ば、馬鹿!? 馬鹿って言った方が馬鹿なんだから!」 「私は馬鹿じゃないですー! 恵の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!」  恵と希の言い争いは続く。もうお察しかもしれないが、これはキュアマギ作中で頻繁に行われる喧嘩のやり取りだ。知佳がキュアマギファンだと察した二人が、即興で演じ始めたのである。つまりはファンサービスだ。  しかしあくまで急遽思い付いたものらしく、口振りだけは恵と希のものだが、演じている本人たちはおそらく普段から演技はしていないのだろう。その表情は笑いを堪えるのに必死なようで、唇がピクピクと動いでいる。 「え、えーっと……『おやおや、仲良しさんだね。レディがそんな大声でいがみ合うものではないよ』」 「「譲さん!!」」  そんな二人のやりとりに知佳もアドリブで台詞を言う。こういうシーンで彼女たちを止めていたのは大抵譲であった。何度も見返してきたおかげで譲が言いそうな台詞はすぐにでも頭に浮かぶ。一瞬の躊躇の後、台詞を口にすると、恵と希の二人もまた返事をしてくれた。 「ふ、ふふふっ……」  希が笑いを堪えられなくなったところで、アドリブ劇は終了した。一人が笑いだすと他の二人へも連鎖し、全員が一緒になって笑い始めた。 「ありがとうございました。楽しかったです」 「いえいえ、こちらこそ。思い付きに乗っていただいてありがとうございます」 「もう急に始めるからどこで収集つけようかと思ったよー。顔笑ってるしさー」 「ごめんごめん、お姉さんキュアマギ好きっぽかったから、内なるサービス精神が顔を出してしまってね」 「なによそれー!」  恵と希の二人は元々仲がいいのか、本人たちの口振りに戻ってからもそのやり取りは仲睦まじいものだった。テンションがあがったのか、なぜか三人でハイタッチを始める始末である。 「でもよかった、キャラの口調覚えてて。変なとこなかったです?」 「大丈夫です! 恵ちゃん希ちゃんが顕現してました!」 「顕現って。お姉さん面白いなー! あー、そういえば。お姉さん、私たちに何か用事があったのでは?」 「そうですそうです。すごい焦ってたようでしたけど……」 「そうでした! つい楽しくなってしまって忘れてました!」  我に返った知佳は二人に本来の目的である、譲の居場所について尋ねた。キュアマギの、特に譲のファンであり、もう一度会いたいのだと。そう伝えると、二人はパッと花が咲いたように嬉しそうに微笑んだ。   「譲さんでしたら先程すれ違いましたよ。企業ブースの方向だったかな」 「えっ、本当ですか?」 「はい、ついさっきなので追えばまだいると思いますよ」 「わかりました! 行ってみます! ありがとうございます!」 「いえいえ~、再会を祈ってます!」  ここにきて朗報である。 知佳は情報提供に感謝しつつ、早速走り出した。が、数歩進んだところで引き返す。 「あっ、忘れてた! 恵ちゃん希ちゃん、写真撮らせてください! それから、もしよければ名刺をいただけたら……!」 「あははっ、お姉さん本当に面白いな!」 「どうぞ~! あ、後でその写真ください!」  終始二人に笑われながら、目的の写真と名刺を獲得すると、今度こそ知佳は本来の目的のために走り出すのだった。ただし会場内は走ると危険なため、実際には競歩だが。
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