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 間抜けな音をさせたと思ったら、青藍の空に彩りを添える。  立ちこめる熱気そのままにあちこちから歓声があがる。儚い一瞬を見逃さないようにと、人々の視線は夜空に向いていた。  僕はその人混みを見つめる。  夜風が僕の前髪を揺らし、儚く散っていく音だけを聞いていた。  彼女は花火のような人だったのかもしれない。  あの時の温もりを思い出そうとしても、重ねゆく日々がそれを消し去っていく。確かにあった存在は今にも消えそうだった。  ――きれいだね。  男に媚を売るような抑揚では喋らない少女だった。 少女というと、年下好きのように思われてしまうが、そうではなく、童顔で小柄な彼女は高校生とサバを読んでも納得されるような容姿だったのだ。  だから、女性というよりも少女だった。  また、僕は人混みを見つめた。  あの日の格好は鮮明に覚えている。浴衣姿に目を奪われて、楽しげに話す彼女の言葉など一つも頭に入ってこなかった。空返事を重ねているうちに、珍しく彼女は不機嫌な表情をしていた。  青色を基調とした生地にあじさいを咲かせた浴衣に目が留まる。喉元まで出かかった名前は唾と一緒に飲み込んだ。 心臓の鼓動は激しく脈を打っている。  どこかで期待しているのだろう。まるで神隠しのように消えてしまった彼女がまだここにいるんじゃないかって。  曖昧になってきている記憶が彼女の言葉を思い起こし、今思えばあれは別れの言葉だったんじゃないと思うほど儚いものだった。  ――ありがとう  冷汗が止まらなかった。夢だったと思いたかった。でも、鈍器で殴られたような頭の重さは確かに現実のものだった。  花火はグランドフィナーレを迎え、華やかな彩りが夜空を埋め尽くし、人々の気持ちを高ぶらせる音楽があたりに響いている。誰もが固唾をのんで見上げていた。    ずっと独りだった僕には、誰かを失う寂しさがこれほど胸にしみるとは思わなかった。あったはずの温もりは指の隙間からすり抜けていき、もう何も残っていない。  ぼんやりと人混みを見つめる。  誰かの隣には誰かが寄り添っている。    誰かの幸せに色を添えるのが花火なら、僕にとっての花火はあまりにも酷いものだ。    ――知りませんよ。そんな子  彼女の母親の声がどこかで聞こえた。    いつもの静寂が戻ってくる。儚く散っていった花火を名残惜しそうに人々は見つめ、もう終わったねという誰かの声に引きずられるように人々は日常へと戻っていく。    ――奏子(かなこ)!  届くはずのない叫びが暗闇に吸い込まれていった。
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