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がっくりと肩を落としていると。
「おー、なるほどな。お前が噂の『青葉ちゃん』か」
間の抜けた、どこか気に障る声が、堀米の後ろから聞こえる。
彼の影からひょっこり姿を現したのは、腹立たしい半笑いを浮かべる男子生徒だった。
明るいフワフワの茶髪。
前髪をゴムで縛ってちょんまげにした髪型。
どこかてれんとした、だらしない印象の服装。
人を小馬鹿にしたような半笑い。
どれも、黒髪で清潔感のある堀米とは対照的で、妙に癇に障る。
それに初対面で異性に名前呼び、ちゃん付けとは随分馴れ馴れしい。
慣れない呼称にムッとしながら見ていると、彼は部屋の奥にずんずん進み、アームチェアーにどっかりと腰かけた。
朝ドラ女優のブロマイドを飾る、最も上座の席。
そこに座ったことで、私は自ずとその正体に思い至った。
「生徒、会長……?」
問いかけると、男子生徒はニヤリと口の端を吊り上げた。
「おう。オレが、生徒会長の柚木桐也だぜ」
「……アンタが……」
仕事をしないで朝ドラ女優にかまける、ダメダメ生徒会長。
彼のせいで前任の会計が辞め、私が連行されてきたと思うと、既に第一印象は最悪だった。
「おー、こわ。新しい会計は真面目ちゃんなんだなー?」
睨む視線に気付いてか、柚木会長は挑発的な言葉を口にした。
傍で見ていた八重野達がオロオロしているのが、視界の端に映る。
「そう、青葉ちゃんったら、すごく仕事ができる子なのよ! 誰も手を着けたがらなかった『あの書類の山』をもう読み切っちゃうし!」
「そ、そうだ。昼休みも放課後も、ずっと書類に立ち向かってくれてだな……」
「ふーん……?」
八重野や陣条のフォローを耳に入れた柚木が、僅かに眉を上げる。
少しは感心してくれたのだろうか。
唾を呑み込み、彼を見続けていると──柚木は私を見て、ふっと笑った。
そして。
「仕事の虫だな」
キャスター付きのアームチェアーにふてぶてしく腰かけ、頬杖をつきながら。
柚木は半笑いでそう言い放った。
その言葉を、聞いた瞬間。
『若林会長って、仕事中毒で可愛くないよな』
思い出したくもない、中学時代の言葉が頭を駆け巡る。
高校に入って半月。
私は確かに、お洒落で明るい女子高生に、生まれ変わったはずだったのに。
どうして今、こんな誹謗中傷を受けているのだろう。
そもそもどうして、衆目を集める状況で担架に乗せられ、この生徒会室に拐かされてきたのだろう。
どうして、二度とやるものかと思っていた生徒会役員を引き受ける羽目になったのだろう。
どうして、なりふり構わず、山積みの書類と格闘していたのだろう。
それもこれも、全ては──目の前の男のせい。
今日一日溜まりに溜まった怒りが、頂点に達する。
だるそうに笑う柚木を、眼鏡のレンズ越しに思い切り睨み付けて。
「──うるっっっっさいなぁ!!」
私は、可愛げなく、大声を上げた。
「口動かす暇あったら、少しは仕事したら!?」
静寂。
怒りを言葉に乗せ、私は、ハァハァと肩で息をする。
ついに、キレてしまった。
お洒落で朗らかなニュータイプ若林青葉は、完全に終了だ。
もう、どうにでもなれ。
私は結局、変われなかったのだ。
「……っ、帰ります! お疲れ様でした!」
私は書類を立てて大雑把に整え、元の位置に戻す。
そして鞄を手に取り、乱暴な口調と共に退室した。
目頭が熱かった。
こんなはずではなかったのに。
後悔の言葉が、いつまでも脳内にリフレインしていた。
波乱の一日が終わる。
私は高校進学後初めて、やりきれない悔しさを抱えながら、電車に揺られて帰宅することとなった。
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