1話 労働とは情報戦だ

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+++  泣いても笑っても明日は来る。  チクショーと叫んでも、生徒会長を一方的に恨んでも、日はまた昇る。 「……よっし!」  厄日、その翌日。  私はいつも以上に早起きして、コンタクトを入れ髪を整え、メイクを施した。    広いおデコは、ヘアアイロンでセットした前髪で隠して。  眼鏡はケースにしまって、鞄に封印して。    姿見で確認した『私』は、昨朝と変わらない『女子高生』の若林青葉だった。  昨夕お洒落を捨てたのは、一時の気の迷いだ。  感情任せに怒ったことは、繰り返さぬよう気を付けるべき過ちだ。    すし詰めの電車に揺られながら、何度も何度も言い聞かせて。  気合いを入れて登校した私は、生徒会室の様子を見に行くことなく真っ直ぐ教室へ向かった。  ガラッと戸を開け、自分の席に鞄を置く。  そして近くに友人を見付けると、真っ先に声をかけた。 「おはよう、づめりん!」 「あっ、おはよう青葉っち!」  級友・橋爪はパッと振り返ると、指先まで整えられた手をひらひら振った。  昨日の昼に連行されて以来、ろくに話せなかった級友の顔を見て、安堵が込み上げてくる。 「昨日はカラオケ断っちゃって本当にごめんね!」 「いいっていいって。また今度行こうねっ」  顔の前で手を合わせて謝罪する。  笑顔で許してくれる友人が、天使にも女神にも見えた。  気分が落ち着いていくにつれ、教室内の挨拶や談笑が徐々に耳に入ってくる。  昨日の騒動が嘘のように、一日が穏やかに始まる。  平和だった一昨日や一週間前と同じように、ホームルーム開始を待つ教室が少しずつ賑わいを見せていく。  ギターケースを担いで登校してくる女子生徒。  インターハイへの夢を語る、朝練後のハンドボール部員と卓球部員。  教卓で小咄(こばなし)を披露する落語研究会の男子生徒。 「……平和だぁ……」  やりたいことに邁進し輝く同輩達を見て、自然と頬が緩み、口調が余裕を帯びる。  昨日怒鳴った自分が薄れるような気がして、私は深呼吸と共にゆったり教室を見回した。 「ここの高校、本当にすごいよねぇ。活気があって、青春を謳歌している人がいっぱいいて」  ポツリと感想を述べると、隣で橋爪がうんうん頷いた。 「うん。ここの自由な校風は市内でもすごく有名なんだ。このお祭り好きな感じ、好きだね」  橋爪は鮮やかな爪でメッシュの紫髪を(いじ)り、にかっと笑う。  ネイルアートの道を(きわ)めんとしながら、普通の高校では禁止されるような『自分流』の格好を貫いている彼女は、言葉どおり校風を十二分に謳歌しているように見えた。 「私ももっとお洒落、頑張ってみたいなあ……」 「何言ってるのさ! 青葉っちってば謙虚すぎ、ウケるー」  ぼやくように零すと、橋爪は半分冗談と受け取ったようで、明るく笑い飛ばした。  彼女の快活さが眩しくて羨ましくて、それに救われもする。 「ありがとう、づめりん。折角行事もいっぱいあるしねぇ。 楽しもうね!」 「そうそう! ゴールデンウィーク明けのオリエンテーション合宿、今から楽しみだよね!」  明るい雰囲気を受けて、話題が少し先の行事予定へと移りゆく。  オリエンテーション合宿。  私はこの行事を、進学するまで耳にしたことがなかった。  なんでも全国的にはちらほらある学校イベントらしい。  山の手にある合宿所で行われるこの行事。  昼に授業と学校紹介。  夜にキャンプファイヤーを囲んで親睦会。  一泊二日で『新入生教育(オリエンテーション)』を行うという大イベントの到来は、ようやくクラスメイトの顔を覚えてきた私をとてもワクワクさせた。  ほぉ、と期待の入り交じった溜め息を吐き出すと。  橋爪は笑いながら、少しだけ眉尻を下げた。 「とはいえ、生徒達で事前に三つ課題を決めてクリアしなきゃいけないらしいから、変なお題が来たら大変だけどね!」 「ああ、そういえば……」  橋爪の言葉に、私は最近のホームルームを思い出す。  確か学級委員長がそう言って、課題案の募集を呼びかけていた。
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