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「オレ、『生涯の友を一人見付ける』って書いて投票したー!」
近くに座っていた坊主頭の男子生徒が、良い笑顔でピースサインをかます。
途端、彼の席を囲んでいた男子達が、彼の頭を拳でぐりぐりし始める。
「いてて! 何だよ何だよ!」
「何だよじゃねーよスットコドッコイ! そんな難題出してどうすんだよ!」
「バッカ、こんなの通る訳ないだろー? 笑いの花を添えてやったんじゃないかよー!」
ぐりぐりを食らった頭を抱えながら、提案主は得意げに笑う。
はぁ、と深い溜め息を吐いたのは、近くを歩いていた男子生徒だった。
「全く……間もなく締切だというのに、我がクラスでは、このおバカの一票しか入っていないのですよ。取り纏める身にもなってください」
そう言い眼鏡を押し上げた男子、学級委員長の声は重い。
眉間に思い切り寄せている様は、昨日の私を映し出しているかのようで、思わず彼から視線を逸らす。
「だーいじょうぶだって、イインチョー!」
尚も朗らかに笑ったのは、坊主頭の提案主だった。
「オレらが張り切って提案しなくても、アホみたいな案しか出さなくても、最後は生徒会の人が良さげに纏めてくれるって言うからさ! 『こんなこと』にかかずらってないで、オレ達はやりたいことを頑張れば良いって、先輩達が言ってたぞー」
明るく発せられた、その言葉を聞いて。
平静を保っていた心に、細波が立つ。
「……それもそうですかね?」
「あはは、そうそう。気にすんなって!」
原因たる級友に励まされた学級委員長は、眼鏡の位置を直しながらヘラヘラと笑う。
困った奴だとネタにして、周囲がどっと沸く。
「ははは、はは……」
私は──上手く、笑えていただろうか。
口角を上げようとしながら、私は、昨日目の当たりにした生徒会執行部の実情を思い起こしていた。
働かない会長。
溜まって山積みになった仕事。
昼休みにも関わらず、働きに来ている執行部員達。
目の前で笑う級友達と同じで。
私も昨日に至るまで、それを見ようともしなかった。
これだけ、何かを成そうという意欲的な生徒が集まっていれば。
『私ではない誰か』が裏方をやってくれるだろうと、そう思っていた。
そうして他人ぶって、おざなりに投票した結果、生まれてしまった『モンスター生徒会長』を知った、昨日。
初めて私は、他人事じゃない、と実感したのだ。
同調するフリをしながら、私は近場の席に目を向ける。
ホームルーム五分前だというのに、堀米の席も八重野の席も空いている。
二人の居場所に思い至った途端、ドクン、と鼓動を大きく感じた。
一度見てしまえば、もう知らないフリはできない。
関わると腹を括れば、昨夕の無礼をなかったことにはできない。
「……謝りに、行かなきゃ」
決意と共に痛んだのは、胸だろうか、胃だろうか。
何にしても、再びの対面を果たすまで、この痛みは消えそうもない。
「どうしたの、青葉っち? お腹痛い?」
「えっ!? う、ううん、大丈夫……」
橋爪に気遣わしげな目で問われて、私は思わず眉間を隠す。
きっと今も私は、可愛くない顔をしていたのだろう。
溜め息の代わりに、笑声を吐き出す。
他人事とみなされた合宿課題の話は、いつの間にか流されていて、級友達は今日の授業の話題で盛り上がっていた。
昨日とも、その前ともまた違う一日が始まろうとしていた。
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