1話 労働とは情報戦だ

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「オレ、『生涯の友を一人見付ける』って書いて投票したー!」  近くに座っていた坊主頭の男子生徒が、良い笑顔でピースサインをかます。  途端、彼の席を囲んでいた男子達が、彼の頭を拳でぐりぐりし始める。 「いてて! 何だよ何だよ!」 「何だよじゃねーよスットコドッコイ! そんな難題出してどうすんだよ!」 「バッカ、こんなの通る訳ないだろー? 笑いの花を添えてやったんじゃないかよー!」  ぐりぐりを食らった頭を抱えながら、提案主は得意げに笑う。  はぁ、と深い溜め息を吐いたのは、近くを歩いていた男子生徒だった。 「全く……間もなく締切だというのに、我がクラスでは、このおバカの一票しか入っていないのですよ。取り纏める身にもなってください」    そう言い眼鏡を押し上げた男子、学級委員長の声は重い。  眉間に思い切り寄せている様は、昨日の私を映し出しているかのようで、思わず彼から視線を逸らす。 「だーいじょうぶだって、イインチョー!」  尚も朗らかに笑ったのは、坊主頭の提案主だった。 「オレらが張り切って提案しなくても、アホみたいな案しか出さなくても、最後は生徒会の人が良さげに纏めてくれるって言うからさ! 『こんなこと』にかかずらってないで、オレ達はやりたいことを頑張れば良いって、先輩達が言ってたぞー」  明るく発せられた、その言葉を聞いて。  平静を保っていた心に、細波が立つ。 「……それもそうですかね?」 「あはは、そうそう。気にすんなって!」  原因たる級友に励まされた学級委員長は、眼鏡の位置を直しながらヘラヘラと笑う。  困った奴だとネタにして、周囲がどっと沸く。 「ははは、はは……」  私は──上手く、笑えていただろうか。  口角を上げようとしながら、私は、昨日目の当たりにした生徒会執行部の実情を思い起こしていた。  働かない会長。  溜まって山積みになった仕事。  昼休みにも関わらず、働きに来ている執行部員達。  目の前で笑う級友達と同じで。  私も昨日に至るまで、それを見ようともしなかった。  これだけ、何かを成そうという意欲的な生徒が集まっていれば。  『私ではない誰か』が裏方をやってくれるだろうと、そう思っていた。  そうして他人ぶって、おざなりに投票した結果、生まれてしまった『モンスター生徒会長』を知った、昨日。  初めて私は、他人事じゃない、と実感したのだ。  同調するフリをしながら、私は近場の席に目を向ける。  ホームルーム五分前だというのに、堀米の席も八重野の席も空いている。  二人の居場所に思い至った途端、ドクン、と鼓動を大きく感じた。  一度見てしまえば、もう知らないフリはできない。  関わると腹を括れば、昨夕の無礼をなかったことにはできない。 「……謝りに、行かなきゃ」  決意と共に痛んだのは、胸だろうか、胃だろうか。  何にしても、再びの対面を果たすまで、この痛みは消えそうもない。 「どうしたの、青葉っち? お腹痛い?」 「えっ!? う、ううん、大丈夫……」  橋爪に気遣わしげな目で問われて、私は思わず眉間を隠す。  きっと今も私は、可愛くない顔をしていたのだろう。  溜め息の代わりに、笑声を吐き出す。  他人事とみなされた合宿課題の話は、いつの間にか流されていて、級友達は今日の授業の話題で盛り上がっていた。  昨日とも、その前ともまた違う一日が始まろうとしていた。
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