1話 労働とは情報戦だ

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 三年の陣条人事部長。  クラスメイトの八重野。  ほか、昨日も見た庶務担当の生徒が数名。 ──この生徒会室に、人がいないということはないのだろうか。  どこか呆れながらも、慣れぬ現場を見られた羞恥で、一気に顔に熱が集まる。 「い、いたんですか!?」 「いたわよ! それよりも青葉ちゃん、また手伝ってくれるって、本当なのね!?」  私の心情などお構いなしに、生徒会執行部員達は言質を取るべくグイグイ詰め寄ってくる。  拒絶されるより良いか。  そう思いながら気圧(けお)されていると、堀米が少し慌てたように声を上げた。 「本気なのかい? できれば無理はしてほしくないんだけど……」  彼の顔は曇っている。  私は心優しいクラスメイトを安心させるため、彼を真っ向から見つめ返し、明るい声を装った。 「だ、大丈夫! 今度は逃げたりせずに、ちゃんとお役目を果たすから!」  声がけと共に、周囲で万歳三唱が上がる。  当の堀米は何か言いたげに口篭ったが、ややあって小さく息を吐き出し、執行部員を見回した。 「……くれぐれも、若林さんに変なことさせないでくださいね」  そう言い残すと、堀米は数枚の書類を手に退室していった。  数人の執行部員が後を追う。  出がけに引き留めてしまっただろうか。  申し訳なく思いながら彼の去った戸を見つめていると、肩にポンと手を置かれた。  振り返ると、陣条がにっこりと良い笑顔を浮かべている。  私もにっこり笑み返しながら、腕を捲った。 「では早速ですが、昨日の続きに取りかかりたいと……」 「青葉くん!」  そう言うと。  残された陣条と八重野は揃ってガバッと低頭した。 「手伝ってくれると言うのであれば、今は是非、合宿準備の方を手伝っていただきたいのだ!」  突然の要請に、私はきょとんとして聞き返す。 「合宿って、オリエンテーション合宿ですか?」  今朝教室で話したことが記憶に新しい。  陣条は神妙な顔で頷きかけて、首を横に振るという妙な動作をした。 「正確には、一年生のオリエンテーション合宿と……二、三年生の『フォローアップ合宿』も、だ」 「フォローアップ合宿……?」  オリエンテーション合宿以上に耳慣れない響きだ。  首を傾げていると、八重野が囁くように補足した。 「学年が上がると、クラス替え後の環境に慣れるためと、より勉強に打ち込むために合宿をするのよ。オリエンテーション合宿と同じように、学年ごとにね」 「なるほど」 「それでもちろん、オリエンテーション合宿同様、学年で三つの課題を決めなければならないの。更に、交流会の内容や余興についても詰めなくてはならなくて」 「……なるほど」 「のに、どの学年も『生徒会で適当に決めれば良い』ってスタンスなものだから、話が進まないのよ。内容はともかくとして、課題を達成できたか否かで個人の評価も変わってくるから、下手な課題は選べないしね」 「…………なるほど……」  誰もが嘆息する。  会計処理と同様に、こちらも課題は山積みのようだ。  とはいうものの、金銭の絡む会計処理より急を要することなのか。  疑問に思った私は陣条に尋ねた。 「これって、人数を割いて解決できるものなのですか?」 「うむ。本当は経験者がリーダーになるべきなのだがな。生憎、合宿の時期に役員を経験した者がおらず、手探りの後手後手で対応している状況だ」  問うと、陣条は眉間に皺を刻んで、はああと長く息を吐き出した。 「それでも今、人が要る理由は、明日が『学年課題』の提出締切日だからなのだ」
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