1話 労働とは情報戦だ

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「あ、明日ですか!?」  叫ぶように言ってから、自分の無知を披露したことに気付き赤面する。  陣条は、はは、と力なく笑った。 「……とまあ、青葉くんですら知らないほど、生徒達の関心が薄い事柄なのだよ。各クラスで意見を集約して、明日の十六時までに目安箱に入れるよう言っているのだがな……」  その言葉を受けて、八重野が戸を開き、廊下に設置された段ボール製の箱を持ってくる。  机の上で箱の裏側を開くと、雑に四つ折りされた紙が落ちてくる。  八重野は無言で紙を押し広げた。  学年もクラスも記載されていない。  ただ、中央に筆ペンで流すように、右下がりの字で。 『東男に京女』  と、それだけ書かれていた。 「……」 「……」 「生まれを課題にされても、どうしようもないでしょう!?」  やり場のない困惑を、怒声に似た強い叫びで昇華する。  困ったようにくすくす笑う八重野と、眉間の皺を伸ばすことのない陣条。二人の表情がこの状況を如実に物語っていた。 「なので堀米副会長達には、各クラスの学級委員長達に、真面目に案出しするよう呼びかけに行ってもらったのだ。これが明日まで人手が必要な理由だ」  陣条は渋い声で続ける。 「と、明日までは課題集めに注力するのだがな。それ以降の段取りを決めるためには、原則会長の認可が必要なのだ」  彼の言葉に、私はつい表情を強張らせる。  茶髪にだらしない格好の、不真面目そうな生徒会長。  柚木桐也。  昨夕の最悪の出会いを思い出し、私は自然と眉根を寄せる。 「だのに会長は、この生徒会室に顔を出すことも少ない」 「仕事しないだけじゃ、ないんですか?」 「ああ。たまに顔を出すものの、彼奴(きゃつ)がいつ現れるかは予測不能なのだ」  陣条の言葉に、私は両の拳を握り込む。  生徒会長はどこまで無責任な態度を取るのか。 「副会長の堀米くん……同じ中学出身の彼が頼んでも、駄目なんですか?」 「そうなの。堀米くんや私が言っても、聞き入れてくれないのよ」  困り顔の八重野は、そう言うと。  爪を掌に食い込ませながら聞いていた私を、懇願するように見つめた。 「青葉ちゃんに昨日怒ってもらって、ちょっとは懲りたと思ったのに。今日もまだ、ここに顔を出してないわね」 「こ、懲りた……?」  平気の平左(へいざ)のような顔で聞いていたというのにか。  疑問を呈すると、八重野は眉尻を下げたまま小さく笑った。 「うん。効いたように見えたわ」 「そ、そっかな……?」  彼女の言葉を受けて。  自信はあまりないものの、もしかしたらという希望が光る。  胸に、闘志が宿る。    そして私は、またも直情的に言葉を口にしていた。 「じゃ、じゃあ……。連れて来られるか自信ないけど……私、会長を呼びに行ってみても良いですか?」 「本当!?」    八重野の笑みで場が華やぐ。  私を連れてきた時のような、天使の笑顔を浮かべて、彼女は私の手を取った。 「ありがとう、すっごく助かるわ! 教室まで柚木くんを呼びに行くの、お願いするわね!」
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