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──とは言ったものの、本当に私が行って効果があるのだろうか。
頭の中で自問自答しながらも。
私は生徒会室を後にし、教室棟へと戻った。
柚木の所属クラスは聞いてきた。
購買や学食などに出かけている可能性もあるが、教室にいる可能性も低くない。そう踏んで、私は彼の学級の戸を開いた。
『ゆ』始まりの姓の彼は、『わかばやし』の私同様、廊下側に近い席らしい。
彼のクラスメイトに聞くと、茶髪の生徒が突っ伏している机を教えてもらえた。
いた。
拍子抜けするほど、あっさり見付かった。
在席を確認すると、私は近寄り彼の横に立ち、様子を見る。
どうやら昼寝をしているらしい。
起こすのを忍びなくも思ったが、事態の緊急性を鑑み、彼の机をコンコンと叩いた。
「んあ?」
寝ぼけ声に少しイラッとしながらも、私は顔を上げた彼の視界へと移動した。
「おはよう、生徒会長さん。昨日は急に怒ってごめんね」
「……ああ、昨日の、『青葉ちゃん』、ね」
柚木は眠そうに目頭を擦りながら、半目で私を見る。
忙しい執行部員達をつい先程目にした反動か、のんびりと流れる時間に、少しずつ苛立ちが募る。
それを抑えるように、私はできる限り優しい声色で話を続けた。
「でね。合宿の準備があるから、会長に生徒会室に来てほしいの」
下手に出て、懇願をする。
「皆困ってるみたいだから……ね?」
また怒ってしまう前に決着がつくことを祈りながら、言葉を付け足す。
柚木は寝ぼけ眼で、視線を宙に彷徨わせる。
そして、寝癖のついた髪をわざとらしく掻き上げると。
気だるそうに半笑いをした。
「やなこった。誰が好き好んで、社畜の真似事なんざするかよ」
へっ、と吐き捨てた、その言葉を聞いて。
私は、こめかみ辺りがピクピクするのを感じた。
「貴方が来れば、少しは手間が省けると思うんですけど?」
『柔らかく』を心がけていた声が、どんどん鋭く、低くなっていく。
睨む視線もどこ吹く風で、柚木は心底面倒臭そうに息を吐く。
「オレが一人いたって変わんねーよ。あんなんブラック企業と一緒だわ。頑張ったら潰れちまうっつーの」
「あのねぇ!」
私は、平手で机をバンと叩く。
「うるせぇ!」
負けじと柚木も、拳を机に振り下ろす。
ドン、という音が響いて、教室中の注目が集まった。
「お前はオレの母親か? 働け働けうるせぇんだよ!」
「ニートみたいなこと言ってないで、生徒会に来れば良いでしょ!」
「オレのライフ・ワーク・バランスが崩れるっつーの!」
「そういうことは働いてから言ってみなさいよ!?」
声を張り上げる柚木に釣られて、次第に文句が大音声になっていく。
言い争いがヒートアップするにつれ、聴衆のざわめきが増す。
「はぁ? オレ一人いないからって、くたばるような生徒会かよ!?」
バン、と。
机に乱暴に手をついて、立ち上がった柚木を見上げて。
私は腰に手を当て、思い切り声を張る。
「ああ、そうよ! ただでさえ忙しいのに、アンタがそんなんだから、生徒会はあっぷあっぷなんだからね!」
そして。
柚木を下からキッと見据えて。
ドン、
と、両の拳を机に振り下ろした。
「朝も昼も夕方も、皆あくせく働いて、それでも手が要るって言ってるの! 人が倒れたり、合宿の準備が上手くいかなかったりしたら、どうしてくれるの!?」
しん、と。
教室が静まり返る。
「……」
柚木も、半目のまま無言になる。
のらりくらりした態度は、一向に変わらない。
「……何か言いなさいよ」
やはりこの唐変木を動かすことは叶わないようだ。
ぐっと歯噛みしながら問いかける。
「おーよ」
キッと睨み付けると、柚木はやる気のない返事をした。
そしてだらりと右腕を上げ、私の背後を指差した。
「帰れ帰れ。保護者のお迎えだぜ?」
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