1話 労働とは情報戦だ

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 人通りの多い廊下、堀米と共に来た道を戻る。  背の高い彼と、背の低い私。並び歩くと、やけに身長差を感じた。  それでも歩調がずれないのは、彼がさりげなく合わせてくれているのだろう。 「ありがとう、堀米くん……助けてくれて」  きっと先程もそうやって、この新人をフォローしに来てくれたのだろう。  少し冷静になった心で感謝を伝えると、堀米はニコニコ目を細めた。 「災難だったね。ごめんね、こんなことに付き合わせて」 「あ、謝らないで! 堀米くんのせいじゃないから!」  息をするように謝罪され、私は慌てて言い訳する。  堀米を責めたかった訳ではない。  寧ろ、助けてくれた彼には恩しかない。  他でもない私が、関わると決めて起こったことなのだから。 「尚更、若林さんのせいじゃないんだけどな」  慌てふためく私の心情を読んだかのように、堀米はますます眉尻を下げた。    一度冷静になった心が、申し訳なさで再びざわめき出す。  堀米は、はぁと深く息を吐き出した。  そしてぼやくように、先行き不安を口にした。 「本当にどうなるんだろうね、合宿」  その声が思いのほか廊下に響いたものだから。  道行く生徒の何人かが、こちらに視線を向けたのが分かった。 「ほ、堀米くん!」  周りに聞こえているよ。  言外にそう伝えようと試みたが、彼は気付かぬ様子で言葉を続けた。 「トウヤの言うとおりではあるんだよね。正直、今の生徒会で、合宿の準備を滞りなくできるとは思えないよ」 「そっ、それは確かに、心配だけど……」  教室棟の中央。廊下の声は生徒達によく聞こえているようだ。  耳目を集めている自覚がないのか、気にしていないのか、堀米は構わず話を続けた。 「でも何よりトウヤには困ったものだよ。ここ最近は妙にやさぐれててさ」 「会長が?」  先程の腹立たしい対面を思い出し、私の声も意図せず大きくなる。  堀米は苦笑して内情を語った。   「うん。会長があの調子じゃ、ただ来ても、ろくなことにはならないだろうね」 「えっ!?」  彼の言葉を信じたくなくて、私はついに堀米を超える大声を響かせる。  明日彼が来ると聞いて、先程はひとまず安心したのに。 「どっ、どっ、どういうこと!? 会長が加わったら、少しはマシになるんじゃないの!?」 「いや……」  堀米は、廊下全域に向かって宣言するように、きっぱりと言い切る。 「このまままともな課題案が集まらなければ、会長はその中から最悪な案を選ぶよ。絶対にね」  その絶望の宣告に。  廊下のざわめきが密度を増す。 「そんな……ひどい……!」 「集まってくる課題案さえまともなら、何とかなるとは思うけど……例年の状況を見ていると、厳しいだろうね」  堀米は眉を下げて苦笑する。 「どうするかい? 今年の課題が『東男に京女』『生涯の友を見付ける』『宿泊所の外周をうさぎ跳びで十周』とかになったら」 「ッ! いや、絶対嫌!」  私は拒絶の叫びを上げた。  合宿の課題クリアが、明るい学生生活の必要条件ならば、過酷な案はなんとしても却下しなければならない。  顔から血の気が引くのを感じる。  今日時点での回収率から考えると、状況は絶望的ではないか。 「おのれ、会長……」  ようやく事の重大さを実感した私は、恨み言を口から零す。 「こんなに危機的な状況だったなんて! やっぱりあの会長、絶っっっっ対、許さん!!」  怒りを握り拳に込める。  腹から出した声が、全校集会でステージから呼びかけた時のように、周囲に響き渡る。  聴衆がザワザワと色めき立つ。  教室の戸から、廊下の曲がり角から、なんだなんだと生徒達が顔を出す。  ハッと口を押さえても、もう遅い。 「ご、ごめんなさい……!」  私は騒がしくした非礼を、取り敢えず近くの上級生に謝る。  と。  急に謝罪を受けた女の先輩は、困ったように眉尻を下げて。  それから、私の顔をまじまじと見つめた。 「い、今の話、本当なの……? 合宿の課題、例年みたいに生徒会で無難な課題を設定するのが難しいって……」 「あ、あの……」  問われた私は、一瞬言い淀む。  既に身内も同然である生徒会の恥を(さら)すのが、良いことであるとは思えない。  しかし。  切羽詰まった状況に押されて──気付けば私は、弱々しく声を絞り出していた。 「……実は今、生徒会執行部が上手く回っていないみたいで」
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