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「仕事の虫だな」
頬杖をついた生徒会長が、半笑いでそう言い放った時。
『──って、仕事中毒で可愛くないよな』
思い出したくもない、中学時代の言葉が頭を駆け巡る。
高校に入って半月。
お洒落で明るい今時女子に変身したはずだったのに、どうして私は今、生徒会室で大量の書類に埋もれているのだろう。
私は最たる原因である──だるそうに笑う生徒会長を、眼鏡のレンズ越しに睨み付け、可愛げなく大声を上げた。
「うるっっっっさいなぁ!! 口動かす暇あったら、少しは仕事したら!?」
+++
二〇一〇年代、とある春。
生徒会室に連行される羽目になるともまだ知らぬ、四月下旬。
私──若林青葉は、春色の新生活を謳歌していた。
「おはよう、青葉っち! そのリップ可愛い色だね。どこで買ったの?」
「おはよう! ありがとう、えっと……『Meadow-Green』のローズピンク、だったかなぁ?」
朗らかな声で問われ、私は負けないくらい明るいトーンで返答した。
地元から電車で一時間。
距離と偏差値の高さのお蔭か、同じ中学から進んだ者のいない名門私立・山茶花高校。
机を並べる学友達は、半月前まで誰一人として私を知らなかった者ばかりだ。
中学までの、堅物でダサい若林青葉は『死んだ』。
私はここ二週間で仲良くなった女子へ微笑みを向ける。
「それより、づめりんのネイル、すっごく綺麗だね。それもセルフでしたの?」
級友・橋爪の指先に目を遣る。
ルビーレッドにアーガイル模様のネイルを目ざとく褒めると、彼女は花のような笑顔を咲かせた。
「うん、結構自信作!」
「プロにやってもらったみたいだね! 意匠も大人可愛くて、すごく素敵だなぁ」
「嬉しいな。ネイリスト目指して、高校のうちにできる限り技術を磨くつもり! 頑張るよー!」
希望に目を輝かせ快活に宣言する彼女に、私は温かな眼差しを向ける。
それを見つめ返して、橋爪はふんわりと微笑んだ。
「青葉っちって本当、褒め上手の癒し系だよね。お洒落にも敏感だし。中学の時も言われなかった?」
問われた言葉にドキリとする。
「あはは、そんなの、初めて言われたよぅ……」
愛想良く返すが、言葉は知らず尻すぼみになる。
褒め上手も癒し系もお洒落も、今まで全く言われたことがない。
受けた言葉は『頭でっかち』『生意気』『可愛げがない』、せいぜいそんなところだ。
などと言えるはずもなく曖昧に笑っていると、橋爪はこともあろうか、近くを通った男子を呼び止めて問うた。
「ねぇねぇ、堀米くんもそう思うよね? 青葉っち、優しくてお洒落で可愛いって!」
問われた長身の男子生徒が振り向く。
「づ、づめりん!」
級友になんてことを尋ねるのか。
いたたまれなさに立ち上がると、クラスメイトの男子・堀米はきょとんとした顔をした後、優しげな微笑を浮かべた。
「そうだね。若林さんは可愛い」
「んな……っ!」
照れもせずサラリと返答されたことに戸惑い、言葉を失う。
瞬時に耳まで熱を帯びた私は今、茹でダコのような顔をしているのだろう。
そのまま歩き去っていった堀米の背を見ながら、橋爪はニヤリと笑って口笛を吹いた。
「ひゅーう、言うねぇ。青春だ」
「づめりんが言わせたんでしょ……」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、私はヒリヒリ熱い頬を押さえながら、席に座り直した。
高校生活とは、かくも刺激的なものだったのか。
何もかも中学とは異なるクラスを見回しながら、私はほぉと感嘆の息を吐いた。
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