1話 労働とは情報戦だ

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+++  合宿の課題を無難に決定できるのか。  つつがなく準備を終えられるのか。  そして自分の業務である、部費会計問題は片付けられるのか。  不安はどこへ行くにもついて回り、結局翌日になっても消えることがなかった。  柚木会長と喧嘩した日──昨日の、夕方。  生徒会メンバーと共に課題募集を呼びかける傍ら、私は予算申請書の山とにらめっこした。  『合宿』が喫緊の課題であっても、金銭の問題をいつまでも放置してはおけないと判断したためだ。  バラバラに保管されていた今年度予算の資料を揃えて。正式な認可を受けている部活のリストを職員室から貰ってきて。  そこまで終えたところで昨日の作業は終了した。  本当はもう少し書類を確認してから帰りたかった。  が、十九時以降は生徒の居残りが許可されていないため、タイムリミットと共に帰路に就いた。  電車に揺られ、帰宅した時には二十時半を回っていた。  予算書は無理だったが、部活リストや活動紹介は持ち帰り可能だったため、夕食後に自宅で目を通した。  確認できるだけで数百ある部活と同好会を、リストや紹介冊子で確認し、時々ホームページやSNSを当たって。  作業は結局、夜通しになってしまった。  午前五時を回ったところで、就寝や仮眠は完全に諦めた。  学校にいる間、全体のタスクである『合宿』に時間を割くことを考えると。  個人のタスクである『会計処理』については、一人の時間に可能な限り進めておきたかったのだ。  徹夜の甲斐あり、正式な部活や比較的メジャーな同好会について、かなり知識は増えた。  が、今朝は化粧のノリが明らかに悪い。そのことがひどくショックだった。  メイクに縁のなかった中学時代とは違う。  生徒会の業務に精を出しつつ、お洒落をして、まして恋をするなんて。そんなマルチタスク、私にはこなせないのではないか。  終わらない業務への不安と、自分の立ち位置への疑問が、寝不足の頭をぐるぐると旋回する。  それでも、今ある仕事を投げ出す訳にはいかない。  そうして電車に揺られ、登校した『合宿課題提案締切日』その運命の日。  私は教室に入ってすぐ、驚愕に目を見開くことになる。 「おはよう、青葉っち!」 「お、おはよう、づめりん……」  すぐさま声をかけてくれた友人に挨拶を返すも、私の目は、教室後方の黒板に釘付けになっていた。  時間割や連絡事項が記入される、後ろの黒板の、右半分の空きスペース。  その更に半分ほどが、チョークの白文字で埋められている。  それを数人の男女が囲み、何か話し合っている。  近寄って、箇条書きされた内容を見て。  私は、あっと声を漏らした。 ・五人以上に名前を聞くこと ・実力テストで間違えた点を確認すること ・キャンプファイヤーを生徒主導で完遂すること ・宿泊中の食事は生徒で作ること 「こ、これって……!」  声が震える。    これは、案だ。  それも、昨日まで私達が、あれほど頭を悩ませていた── 「合宿の課題案の、話し合い……?」  呟くと、黒板周辺で笑っていたクラスメイト達が反応した。 「おう、そうそう。若林さんも混ざってよ」 「バカッ、若林さん生徒会に入ったんだろ? 休ませてあげろよ」 「そうだよ。今年の生徒会ヤバイんでしょ?」  代わる代わる、労いの言葉をかけられる。  その様に動揺して、上手く言葉が出てこない。
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