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昨日まであれだけぞんざいに、他人事として扱われていたのに。
生徒会に丸投げすれば万事解決だと、放置されていたのに。
なぜ。
疑問が、上手く働かない頭をぐるぐると忙しく巡る。
混乱している私に声をかけたのは、橋爪だった。
「実は、今年はちょっと特殊って聞いてね」
「と、特殊?」
問うと、彼女はコクリと頷いた。
「なんか、生徒会がね。今までもブラックだったらしいんだけど、今年は特にヤバイらしくて。役員が辞めちゃったり、倒れて担架で運ばれる人が出たり、皆が生徒会室に泊まり込んで徹夜で作業したりしてるって」
「な……っ!?」
話に付いていけず、私は口をパクパクさせる。
確かにうちの生徒会は多忙だ。
ただ橋爪の話では、事態が更に大げさになっている。
なぜ彼女がそのような話を聞いたのか。
話の出どころはどこなのか。
分からないまま言葉に詰まっていると、橋爪は気遣わしげに私の顔を覗き込んだ。
「青葉ちゃんも、この間生徒会に入ったんだよね? 大丈夫? ちゃんと寝てる?」
「あ……いや。ちょっと昨日は、寝てない、けど……」
処理しきれない情報過多の中。
最も単純な問いにまず回答する。
と、クラスメイトの集団がどよどよと色めき立った。
やっぱり噂は本当だったんだ。
今年の生徒会は危険なんだ。
課題募集の締切に間に合って良かったな。
そう言葉を交わし、彼らは再び議論へ戻っていく。
黒板の箇条書きが、一つ、また一つと足されていく。
私は「話し合いに参加させられない」と言われ、橋爪を付き添いに席へと戻された。
まだ頭が追い付いていない。
何だろう、この状況は。
願望を投影した白昼夢でも見ているのだろうか。
たかが一徹で幻覚を見るほど、鈍ってしまっていただろうか。
「ど、どうして急に、こんなことに……?」
心配そうな顔をしている橋爪に、恐る恐る問いかける。
「今年の生徒会の噂を、聞いちゃったからね」
彼女は、盛り上がる級友達を見遣りながら答えた。
「なんか大変みたいだね。昨日も、会長と生徒会の人が、教室で大喧嘩したんだって」
「せ、生徒会の人、って……?」
橋爪の言葉にギクリとする。
柚木と喧嘩をしたのは間違いなく私自身だ。が、全校生徒の中でそういうキャラ付けをされたい訳がない。
「ま、噂だけどね。相手が誰かまでは分からなかったし」
探りを入れると、橋爪は私を注視することもなく、あっけらかんとそう言った。
「そ、そっかぁ……」
どうやら『私が』喧嘩したことは、噂にならずに済んでいるようだ。
ぎこちなく笑いながら、内心胸を撫で下ろす。
ワイワイ話し合うクラスメイト達を、少し霞んだ視界でぼんやり眺めた。
生徒会長と喧嘩して。
生徒会執行部の激務っぷりが噂として広まって。
人任せだったクラスメイトが、合宿準備に精を出して。
締切直前になって、状況が目まぐるしく変化していく。
夢でなければ、奇跡だろうか。
魔法でないのなら、暗示にでもかけられているのだろうか。
取り留めのない思い付きが、脳内をぐるぐると巡回する。
途中、何かが頭に引っかかるも、思考の渦に呑まれてすぐに忘却する。
「……ふあ」
瞼が重い。
口から出ていこうとする欠伸を、直前で噛み殺す。
目尻に溜まる熱い雫を、擦ろうとした指を止めて、私はティッシュで丁寧に吸い取った。
「眠いんでしょ? 少し休む?」
「ありがとう……」
橋爪の優しい声が、今日は一段と心地好い。
マスカラで少し黒ずんだティッシュの塊を握り込んで。
応えた私の声は、彼女に釣られてか、春の日差しのように柔らかかった。
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