1話 労働とは情報戦だ

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 昨日まであれだけぞんざいに、他人事として扱われていたのに。  生徒会に丸投げすれば万事解決だと、放置されていたのに。  なぜ。  疑問が、上手く働かない頭をぐるぐると忙しく巡る。  混乱している私に声をかけたのは、橋爪だった。  「実は、今年はちょっと特殊って聞いてね」 「と、特殊?」  問うと、彼女はコクリと頷いた。 「なんか、生徒会がね。今までもブラックだったらしいんだけど、今年は特にヤバイらしくて。役員が辞めちゃったり、倒れて担架で運ばれる人が出たり、皆が生徒会室に泊まり込んで徹夜で作業したりしてるって」 「な……っ!?」  話に付いていけず、私は口をパクパクさせる。  確かにうちの生徒会は多忙だ。  ただ橋爪の話では、事態が更に大げさになっている。  なぜ彼女がそのような話を聞いたのか。  話の出どころはどこなのか。  分からないまま言葉に詰まっていると、橋爪は気遣わしげに私の顔を覗き込んだ。 「青葉ちゃんも、この間生徒会に入ったんだよね? 大丈夫? ちゃんと寝てる?」 「あ……いや。ちょっと昨日は、寝てない、けど……」  処理しきれない情報過多の中。  最も単純な問いにまず回答する。  と、クラスメイトの集団がどよどよと色めき立った。  やっぱり噂は本当だったんだ。  今年の生徒会は危険なんだ。  課題募集の締切に間に合って良かったな。  そう言葉を交わし、彼らは再び議論へ戻っていく。  黒板の箇条書きが、一つ、また一つと足されていく。  私は「話し合いに参加させられない」と言われ、橋爪を付き添いに席へと戻された。  まだ頭が追い付いていない。  何だろう、この状況は。  願望を投影した白昼夢でも見ているのだろうか。  たかが一徹で幻覚を見るほど、(なま)ってしまっていただろうか。 「ど、どうして急に、こんなことに……?」  心配そうな顔をしている橋爪に、恐る恐る問いかける。 「今年の生徒会の噂を、聞いちゃったからね」  彼女は、盛り上がる級友達を見遣りながら答えた。 「なんか大変みたいだね。昨日も、会長と生徒会の人が、教室で大喧嘩したんだって」 「せ、生徒会の人、って……?」  橋爪の言葉にギクリとする。  柚木と喧嘩をしたのは間違いなく私自身だ。が、全校生徒の中でそういうキャラ付けをされたい訳がない。 「ま、噂だけどね。相手が誰かまでは分からなかったし」  探りを入れると、橋爪は私を注視することもなく、あっけらかんとそう言った。 「そ、そっかぁ……」  どうやら『私が』喧嘩したことは、噂にならずに済んでいるようだ。  ぎこちなく笑いながら、内心胸を撫で下ろす。  ワイワイ話し合うクラスメイト達を、少し霞んだ視界でぼんやり眺めた。   生徒会長と喧嘩して。  生徒会執行部の激務っぷりが噂として広まって。  人任せだったクラスメイトが、合宿準備に精を出して。  締切直前になって、状況が目まぐるしく変化していく。  夢でなければ、奇跡だろうか。  魔法でないのなら、暗示にでもかけられているのだろうか。  取り留めのない思い付きが、脳内をぐるぐると巡回する。  途中、何かが頭に引っかかるも、思考の渦に呑まれてすぐに忘却する。 「……ふあ」  瞼が重い。  口から出ていこうとする欠伸(あくび)を、直前で噛み殺す。  目尻に溜まる熱い雫を、擦ろうとした指を止めて、私はティッシュで丁寧に吸い取った。 「眠いんでしょ? 少し休む?」 「ありがとう……」  橋爪の優しい声が、今日は一段と心地好い。    マスカラで少し黒ずんだティッシュの塊を握り込んで。  応えた私の声は、彼女に釣られてか、春の日差しのように柔らかかった。
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