1話 労働とは情報戦だ

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+++ 「おおおお! 奇跡だ!」  その日の放課後。  昼休みにも聞いた陣条の歓声が、繰り返し室内に響き渡った。  生徒会室の長机にて。  目安箱に投函された合宿課題案が、三つの島に分けて積まれている。  学年ごとに纏められた紙の山は、その高さの分だけ生徒達の協力を示していた。 「どれもまともな案だぞ!」 「どれを採用しても困ることはなさそうだなぁ」  囲む執行部員の顔は、皆一様に明るい。  教室での議論を目の当たりにした私でさえ、まだこの現状を奇跡のように感じていた。 「どれどれ、失礼します……」  私は一枚一枚を手に取り、心の中で読み上げていった。  クラス内外の交流を増やす案。  自己課題や目標を探す案。  合宿所で自立した生活を送る案。  上級生の場合は、昨年の合宿から成長した点を発見するという案。  似通った物が多いものの、常識的かつ難易度の高すぎない案が、十数件挙げられていた。  この中からであれば、各学年三つずつ、適切な課題を設定できそうだ。  時計の針が、デッドラインの十六時を指す。 「……やったぞ……」  奇抜な案が追加されなかったことに一同深く息を吐き出し、崩れるように机に手をついた。 「取り敢えず、最大の関門は突破したな」 「良かったですぅ……」  陣条を始め、この場にいる誰もが安堵の表情を浮かべている。  私が運び込まれた一昨日以来、初めて見る和やかな雰囲気に、頬が緩むのを感じた。    ガラッ。  と。  突然開いたドアに、全員の注目が集まった。 「お疲れ様です」  丁寧に頭を下げて、入室してきた黒髪の男子は、副会長の堀米。  そして。 「お疲れさまーっす」  間延びした声で挨拶を済ませ、堀米の後ろから現れた茶髪の男子を見て。  私は思わず、ああっと大声を上げた。 「会長! ……本当に来た!?」 「お前が来いっつったんだろうが」  会長──柚木は、不機嫌そうに私に目を遣ると、間もなく室内を見回した。  歓喜に湧いていた面々が、しんと押し黙る。  この、何をしでかすか分からない権力者を、不信の目で見つめている。  視線を一身に浴びながら、彼は部屋の中央までずんずんと進んだ。   「えー、皆さん」  私達の正面に立ち、柚木が口を開く。    相対する私達に、何を言うのか。  警戒しながら見守っていると。 「今日までの業務、お疲れ様っした」  彼は、深く頭を下げた。 「……え?」  唐突な労いの言葉に、戸惑いの声が漏れる。  彼がどういう意図で発言したのか。  次に彼がどのような行動をとるのか。  掴めなさに冷や汗を掻きながら、彼の顔を見て。  私は言葉を失う。  正面を向いた柚木が。  真っ直ぐ、真剣な眼差しをしていたからだ。 「で、お疲れのところ申し訳ないんですけど」  そう前置きをして。  柚木は姿勢を正し、堂々と声を張った。 「今日中に、課題の選出をして、合宿準備の基礎を終わらせます。ご協力よろしくお願いします」 「えっ!?」 「きょ、今日中にか?」  先程まで喜び合っていた執行部員達が、一瞬で凍りつく。  皆が疲労困憊の中、更に労働を押し付けようというのか。 「ちょっと──」  許せない。  他の執行部員を何だと思っているのか。  文句を言おうと一歩前に出た時。  柚木は、鋭く言葉を付け足した。 「今、十六時過ぎ。これから分担を発表するんで、十六時半までに三学年分課題を決めます。そこから雑務をして、今日の業務は十七時で終わることを目標にします」
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