1話 労働とは情報戦だ

23/30

59人が本棚に入れています
本棚に追加
/236ページ
「なっ……!?」  柚木の衝撃的な発言に、聴衆はざわめきを通り越し、絶句する。  上級生の話では、今年度の生徒会発足以来、十八時より前にこの部屋が施錠されたことはないらしい。  ともすれば他の部活動よりも早い、終了時刻の目標を掲げられて。  執行部員の顔に浮かぶのは、喜びではなく、諦めの乾いた笑いだった。 「…………無理だ」  前生徒会長の陣条が、絞り出すように低く呟く。  場を、深い沈黙が支配し── ────否、支配しなかった。  パン、パン。  手を叩く音が響く。  鳴らした主は、八重野書記だった。 「はいはーい。ノルマじゃなくて『目標』ですよー。叶ったら良いなってことで、一つ協力していただけませんか?」  八重野の優しい口調に、はっとする。  今することは会長への反発ではない。  多くの業務を少しでも早く片付けることだ。 「明日やっても今日やっても同じなので、できることだけ試してみませんか?」    駄目押しで、堀米副会長が呼びかける。  普段生徒会室に出てきては、真面目に仕事をこなしている堀米と八重野。  中学時代、柚木生徒会長の下で働いていた経験のある二人。  この二人が会長を信じて従うならばと、呆けていた面々が次第に、分かった、試す、と声を上げる。  それを聞いた柚木は、満足そうに笑みを浮かべた。 「よし。各学年二人ずつペアを組んでください。ここ、ここ、ここ。はい、よろしくお願いします」  柚木は、部屋の前後と脇の黒板を指差し、今までの『だらけ』が嘘のように、てきぱき指示を出していく。  私は一年生組として、八重野とペアを組むよう指定された。 「出された案には傾向があると思うんで、十五分までに各学年内で纏めて、黒板に書いてください。その段階で一度進捗確認します」 「傾向を纏める……というと?」  やや抽象的な注文に、質問が飛ぶ。  柚木は訳知り顔で頷くと、唐突に視線を私に向けた。 「おい青葉」 「私?」 「そうそう。お前、一年の課題案見たか? 大雑把で良いから、どういう分類したか教えてくれ」 「……。では、ほんの感想ですが」  勝手に話を振られ、眉間に皺が寄るのを感じる。  私は前置きした上で、先程見たところの所見を述べた。 「一年生は、コミュニケーションを取ること、勉強などの何らかの課題を設定すること、合宿運営や生活の一部を生徒で行うこと、に分けられる印象でした。上級生はプラス、前年度からの成長という意見もあったかなと」 「おう、サンキュ。模範解答だな」  柚木は私の意見を聞いて、ニヤリと口角を上げる。 「まずはこんな感じで、仕分けだけしてもらえれば大丈夫です。後で、分類されたグループから大体一つずつ、課題を選びます」  大まかな説明をした後。  柚木は再び全体を見回し、指示を飛ばした。 「早く分類が終わったところは、その先の課題抽出について話していてください。以上、よろしくお願いします。サキは今のうちに顧問連れて来いよ」  かくして私達は柚木に従い、作業班ごとに散らばった。  八重野と私は、先程挙げた分類ごとに紙を分け、あれが良いこれが良いと意見を言い合う。    誰かが達成不可能な課題にしてはいけない。  頑張れば誰でも達成できるのは、どの案だろうか。  言葉を交わす度。  候補が一つ、また一つと絞られていく。 「おし、進捗確認しまーす。他の学年の意見も参考にしてくださいねー」  途中、全体での進捗報告を挟みながら。    分類ごとに、第一案と次案まで絞ったところで。  ガラリ、と戸が開く音がした。
/236ページ

最初のコメントを投稿しよう!

59人が本棚に入れています
本棚に追加