1話 労働とは情報戦だ

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 てきぱきと的確な指示を出す会長。  迷いや戸惑いのない副会長と、書記。  その様は、一昨日昨日と、私が見てきた状況とは真逆のもので。  仕事をしない、生徒会室に来ない、自分の趣味のポスターで部屋を埋め尽くす、絵に描いたようなダメ生徒会長。  他人事として、問題を生徒会に丸投げしていた生徒達。  自分達がやらなければと、追い詰められていた生徒会執行部員達。  絶望的な状況が、どうして今日になって、こうも覆ったのだろうか。  私は、疑問符だらけの頭を整理しようと、昨日の記憶を揺り起こしていった。  いつもどおりの朝。  生徒会室に謝りに行った、昼休み。  八重野の懇願。  を受けての、柚木との喧嘩。  の後の、堀米との生徒会室への帰還。  放課後、合宿準備の手伝いと、会計の仕事をしていた私。  静かな生徒会室。  持ち帰った『残業』。  イベントが詰まった一日だったと、改めて実感する。  そう。  私の自主的な行動以外にも。  まるで台本があったかのように、不自然なほど綺麗に、イベントが発生している。  八重野に頼まれて、人の集まる教室に、柚木を呼びに行ったこと。  人目を引くほど、派手に発展した柚木との喧嘩。  暴露された生徒会の事情。  堀米と生徒会室へ戻る時。  何度も話題に上った、合宿への不安。  その度に集まった、すれ違う生徒達の注目。  各学年の教室前を通る、少し遠回りな帰り道。  一つひとつ思い出す度に、疑念が確信へと変わっていく。  今朝級友から聞いたのは、異常な速度で広まった、生徒会に対する噂と不安だった。  そしてその結果、全校生徒の協力があって、スピーディーに事は収まった。  私は、八重野、堀米、柚木の三人を、順番にじっと見つめる。  そして、半笑いの柚木と目が合うと。  私は静かに、彼に問いかけた。 「全部、作戦だったんだね?」  返事はなく、柚木はただニヤニヤと笑みを浮かべている。 「仕事ができない『フリ』をしたのも。教室で私を挑発して喧嘩したのも。全部、課題案を生徒に出させるための作戦で──堀米くんと八重野さんは、協力者だった。そうなんだね?」 「何っ!?」  わいわいと盛り上がっていた陣条が、私の言葉に振り返る。  柚木はいつものだるそうな半笑いのまま、口を開いた。 「作戦というほどでもねえよ。オレは、できるだけ自分の手間を省きたかっただけ。サキと八重が優秀だっただけだ」 「だ、だとしたら! 我々にくらい、明かしてくれても良かったではないか!」  素直でない柚木の肯定を受けて、陣条が反駁(はんばく)する。  柚木は面倒そうに息を吐いて、ぶらぶら片手を振った。 「もし伝えていたら、真面目な先輩方は、全校生徒に委ねる方法は取らなかったんじゃないですか? 『雑務は生徒会がやるものだ』、『去年の生徒会がやったことは今年の生徒会もやらなければ』、『外の生徒に負担はかけられない』……なんて」 「!」  陣条も、私も、いつの間にか話を聞きに寄っていた執行部員達も、柚木の言葉に押し黙る。  もし私が生徒会長だったら。  または、もし私が今回の作戦の協力者だったら。  外部の生徒達の手は借りず、何としても内輪で完遂することばかり考えていただろう。  自分が頑張れば良いのだと言い聞かせて。  前任者達がそうやったのだから、自分達もやるべきなのだという思想に固執して。  柚木は静かな聴衆を前に、ケラケラと笑った。 「それに『生徒会長は本当の馬鹿者だ』って生徒会が口を揃えて言ってたら、誰もが『ヤバい』と思うでしょう? 迫真の証言があったからこそ、今回の成功があったんでしょうよ」  それも織り込み済みだったということか。  生徒会全体が、柚木の掌で踊らされていたと知って。 「……確かにね。心の底から、ヤバいところに来たと思ったもん」  私は、やっとそれだけを口にする。  それを聞き遂げた一年生組は、満足げに、大きく破顔したのだった。
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