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「なるほど、一本取られたな」
先輩方が次々と長机に寄りかかる。
脱力と同時に、安堵が込み上げてきたのだろう。
力ない笑いは、やがて室内に響き渡る大笑いへと変わっていった。
「全く。大した奴だな、新しい会長は!」
「今度は事前に言ってくれよ、胃に悪いから!」
「はは、すんません。一回こっきりの作戦だったんで、次から内部には知らせます」
和やかな談笑が広がる。
生徒会室が、穏やかな空気で満たされていく。
その中央で、立ち尽くしながら。
私は、何かが込み上げてきて、ムズムズするのを感じていた。
怒り、ではない。
不安でも、責任感でもない。
力を抜いた策士の立ち姿を見つめる。
心臓がとく、とく、と音を強める。
こんなやり方、知らない。
私にはできなかった。
なんて、どんでん返しなのだろう。
「す──」
すごい。
そう素直に称賛しようとした私の脳裏を。
不意に、一昨日連行される直前の、八重野との会話が過った。
──ごめんね、青葉ちゃん。こっちも『ボス』の命令なのよ。
「あっ!!」
柚木と、その指示を受けて暗躍する八重野という図式を見て。
私は初めて、閃きを得た。
やられた。
書記のボスは誰だ。
人事部長などではない。
書記の上司は、生徒会長だ。
それでは。
そもそも私が生徒会に連行されたのは。
これほど髪振り乱し、必死になって、頭を悩ませたのは。
その元凶は。
「……へえ。私を無理矢理連れてきて、巻き込んだのも、作戦のうちだったってこと?」
我ながら、驚くほど可愛くない声が出る。
柚木は私を一瞥する。
そして腹立たしい顔で、へっと半笑いした。
「過ぎたことは忘れろよ。な?」
「忘れる訳ないでしょ! やっぱり、最ッッッッ低!!」
腹の底から出した怒声が、キンと響く。
何が、『どうしても必要』だ。
『助かった』だ。
『戻ってきてくれて嬉しい』だ。
間抜けにも、策士とその仲間達に嵌められただけではないか。
私はずんずんとデスクに戻ると、鞄を掴む。
そして集団と、その中心にいる柚木に対して、思い切り声を張った。
「……仕事はできるみたいだけど!」
それが、興奮収まらない私が言えた、精一杯の褒め言葉だった。
「っ、帰ります! お疲れ様でした!!」
そして勢いのまま、乱暴に戸を開閉して退室した。
短気は損気。
分かってはいるが、この興奮を抑えられない。
パタパタと廊下を走り、生徒会室から遠ざかる。
頬が熱い。
鼓動がうるさい。
怒りや喜びが綯い交ぜになったような、この動悸の正体は何だろう。
ペチペチと両頬を叩くも、昂った気持ちは収まりそうになかった。
混乱した頭のまま。
少しだけ別のことを考える。
私を連れてこいと命令したのは柚木だった。
だが、私が中学で生徒会長を務めていたなどの情報は、どこから入ってきたのだろう。
疑問は残るものの、私が生徒会に入ってしまった事実だけは、どうにも変えようがなかった。
「会計処理が終わったら、生徒会なんて辞めてやる……っ」
小さく呟いて決意する。
と共に、まだ自分には部費会計問題が残っていたのだと思い出し、落胆した。
会計の仕事にも、何かどんでん返しできるようなコツはないだろうか。
ただ『私が頑張れば良い』だけではない、何かが。
諦め半分、考えてみる。
と。
「……あっ」
そのアイディアは、少しだけ柔軟になった頭に、いとも簡単に降りてきた。
「そっか。私も、人に頼れば良かったんだ」
昇降口に差しかかったところで、ふと立ち止まった。
そして少しの時間、吟味をして。
私は、再び歩き出した。
可愛い顔をしているとは思えなかったが、少なくとも、眉間の皺はもう解れていた。
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