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青葉の元気な足音が、生徒会室から遠ざかっていく。
パタパタという音が消え入るまで、僕はずっと耳をそばだてていた。
会計職に無理矢理就かされたり。
公衆の面前で喧嘩させられたり。
廊下で生徒会の悪評をばら撒く手伝いをさせられたり。
そういった衝撃の事実を耳にしても、すぐに怒りや活力に変換できるところが、純粋で生真面目な彼女らしい。
先程の青葉の百面相を思い出し、小さく笑う。
せめて今夜は、彼女が羽を伸ばせると良い。
そう考えながら惚けていると、すぐ近くに立っていた幼馴染が、目ざとく気付いて眉根を寄せた。
「おいサキ。何ニヤニヤしてんだよ、気持ち悪ぃぞ」
「笑ったっていいだろ、トウヤ。仕事が一段落したんだしね」
話しかけてきた彼、柚木桐也に対して、僕──堀米正樹は毅然と応えた。
が、言葉とは裏腹に緩まる口元が抑えられない。
人がちらほら帰り始めた生徒会室。
場に残った陣条人事部長が、遠くから「おおい」と桐也を呼んだ。
「会長、この私物のポスターなのだが、うつけが演技であったならもう剥がしても良いか?」
そう聞く陣条の手は、既に女優のポスターにかけられている。
許可さえあれば一刻も早く実行できる構えだ。
桐也はクワッと目を見開くと、平常時の彼からは考えられない速度で陣条に詰め寄った。
「あっ、待っ! やめっ……やめてください! せめてオレの手で慎重に剥がすんで……!」
生意気な後輩や、自信に溢れた指揮官はどこへやら。
情けない声で縋り寄る桐也をものともせず、陣条は手を頭の高さまで持ち上げ──
「なんてな。はは、何もせんよ」
──そのまま、ぽんと桐也の頭の上に置いた。
「今回はありがとう、会長。次からはどんな作戦でも、でき得る限り協力するから……事前通達してくれ、心臓に悪い」
「うぃっす、あざまっす!」
一連の種明かしによる生徒会内の反応が心配だったが、どうやら事は上手く運んでいそうだ。
新旧生徒会長の和解を眺めながら、僕は穏やかな気持ちで、電子機器のスイッチや各種施錠などの確認をしていく。
「それにしても、会長の『立花瑞穂』への思い入れは本物だったんだな」
「柚木くんはずっと『ほずみー』にお熱だものね? 生徒会室にポスターばんばん貼るくらいには」
「うるせぇ! いいだろ別に! 場所の問題じゃねえし」
談笑を耳に入れながら、僕は全ての確認作業を終わらせる。
そして自分の鞄に手をかけた、その時。
桐也がいきなり僕を指差して、非難した。
「片想いの相手の写真、何十枚も、部屋の壁中に貼ってる奴よりマシだ!!」
和やかな笑い声がやむ。
パソコンもプリンタも眠りに就いた室内に、桐也の声が響く。
当の本人は、僕が目を合わせると、ニヤリと半笑いを浮かべた。
お前も道連れだ。
そう心の中で毒づいているのが、手に取るように分かる。
唐突な『暴露』に面食らった聴衆──陣条と八重野は、戸惑った顔でこちらを見た。
「じゃあ、堀米くんの部屋には、青葉ちゃんの写真がいっぱい……?」
僕の事情を一部知っている八重野が、恐る恐る名前を口にする。
「何っ! 副会長の思い人は、青葉くんなのか!?」
陣条は、初めて聞いた事実に驚愕している様子だ。
疑念、恐怖、戸惑い。
複雑な視線を一身に浴びながら、僕は一つ溜め息を吐く。
そして、コクンと頷いてから。
人差し指を立てて、そっと口元に当てた。
「一応『青葉ちゃん』には、内緒でお願いしますね」
きゃあと悲鳴を上げて、八重野が僕を鋭く睨み付ける。
「秘密……って堀米くん、まさか、いかがわしい写真をいかがわしい手段で入手したんじゃないんでしょうね!?」
「まさか。青葉ちゃんに迷惑かける訳ないだろ。全部、合法的で倫理的なルートで手にしたって」
「ルートって何よ! 怖いわよ!」
ヒラヒラ手を振り弁明する。
誰が懸想相手の迷惑になることをするものか。
と。傍観していた陣条が「ふむ」と訳知り顔で頷いた。
「なるほどな。会長、副会長、八重野くん。冬花中出身の君達が、なぜ青葉くんの経歴を知っていたのか……やっと理解したぞ」
僕を見つめる、彼の推測は当たっている。
もっとも僕自身は、青葉を激務に巻き込むことには反対の立場だった。
結果、水面下で彼女の連行を計画、実行されたのだが。
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