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桐也は僕に呆れ顔を向けた。
「お前が呼ぶから、高校の生徒会でもすっかり『青葉ちゃん』が定着しちゃったな。まあ本人に対しては、何を恥ずかしがってんのか、いつまで経っても苗字呼びだけど。なあサキ?」
「っ……」
駄目出しを食らい、杖先で押されたように胸が痛んだ。
この春、青葉と同じ学校、同じクラスになり、それなりにアプローチしてきたつもりではある。
近くを通りがかって話に加わったり。
掃除当番で同じ場所を確保したり。
が、未だ彼女と名前で呼び合うほどの仲にはなっていない。
「グズグズしてると、会長にいいとこ持っていかれるわよ」
返す言葉もなく歯噛みしていると、冷ややかな目をした八重野が毒づいた。
「どういう意味?」
「さっきのやり取り、見てたでしょ?」
どうして分からないんだと言いたげに、八重野はやれやれと手を振った。
それに応える声は上がらない。皆、僕と同じく意味を理解できていないのだろう。
「いい? 少女漫画でいえばね。第一印象最悪な相手が良いところ見せると、一気に心引かれるなんて展開は王道なのよ」
「へぇ……」
生き生きと解説を始める八重野に、桐也がおざなりな相槌を打つ。
「真面目で優しく見えるタイプで、ヒロインを前から一途に思っている系のメンズなんてね、少女漫画では当て馬になりがちなのよ!」
「おお、なんかサキっぽい性格だな」
「あ、当て馬……?」
背筋を嫌な汗が伝う。
遠慮のない指摘に唖然としていると。
八重野はトドメを刺すように、ビシッと人差し指を突き出した。
「このまま進展がなければ、ヒロインを横からかっさらわれる役になりかねないわね!」
「!」
どくん、と。
鼓動を一瞬大きく感じる。
青葉が目の前を去る映像が、稲妻のように頭を過った。
「真に受けんなサキ、全部八重の妄想だ」
「いーえ、乙女の勘よ。こういうシーンをいくつも見てきたもの、漫画で」
宥める言葉も高笑いも。
全てが焦りを助長する刺激となって耳に入る。
警戒されないように、クラスメイトとしてジワジワ距離を詰める予定だった。
それが悪手だというなら、なりふり構ってなどいられない。
「分かった。アドバイスありがとう」
僕は拳をぐっと握り込み、好き勝手のたまう外野を見回すと、決意表明を口にした。
「誰かに攫われる前に、何とか恋人の座に漕ぎ着けるよう頑張るよ」
僕の宣言を受けて、聴衆が沸き、拍手とエールが飛んで来る。
「頑張れ!」
「その意気だ!」
「よっ、よく言った! その言葉、忘れないからな!」
その中でも一際大きく、わざとらしく手を打ち鳴らす男に目を向ける。
調子良く振る舞う桐也の目は、何らかの意図を湛えていた。
「何が言いたいんだい、トウヤ」
「何ってそりゃお前、青葉もお前も生徒会役員だろ?」
桐也は、悪い上司の顔をして哄笑する。
「デートに誘いたきゃ、生徒会の仕事は三倍頑張ってもらわなきゃな?」
「……っ」
現実に引き戻され、陣条と八重野が押し黙った。
桐也の人使いの荒さは、幼馴染である自分が一番良く分かっている。
彼は本当に三倍働かせるだろうし、次々業務が降ってくるこの高校生徒会の現状も把握したつもりだ。
僕は一歩前へ出て、彼に持ちかける。
「働き方改革を、しよう」
「お?」
とぼけた顔をしている生徒会長に向けて。
僕は歩み寄り、その両肩をしっかりと掴んだ。
「働き方改革を進めよう。トウヤももちろん、『ほずみー』の応援に時間を割くつもりなら、しっかり尽力するしかないんだからな?」
『ほずみー』という言葉に、ぴくりと桐也の眉が動いた。
僕が、青葉を口実にされれば働かざるを得ないように。
僕も桐也が重い腰を上げる、魔法の言葉を知っている。
面倒な仕事は怠け者に任せろ。
簡単に終わらせる方法を見付けてくれる。
とは、誰の言葉だっただろうか。
桐也を巻き込めば、誰よりも業務を効率化してくれるに違いない。
確信を持って手を離さずにいると、桐也はチッと舌打ちをした。
「お前、覚えてろよ」
そして彼は神妙な顔をして、僕の手の甲をパシンと叩いた。
「おうよ。やってやろうじゃん、働き方改革」
生徒会長の、半ばやけくそに発せられた宣言を聞いて。
執行部員達はこの上ないほど、喜びに満ちた声を上げたのだった。
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