2話 高度な技術を妄信するな

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 ここ山茶花高校(さざんかこうこう)では、部活動や同好会が日々栄枯盛衰を繰り広げている。  生徒会は、昨年度学校から『部費』を支給された活動全てから、一円のズレもない決算書を受け取らなければならない。  当然それを中心で取り仕切るのは、会計職の青葉だ。  無論のこと、適切に収支管理している大半の活動は、年度内に書類を整えて既に提出を済ませている。  が、五月中旬の締切を『過ぎた』ばかりの今、泣きついてくる活動も数知れず。連日、暗い顔やバツの悪そうな顔をした生徒が生徒会室の戸を叩く状況だ。  そうした厄介な連中を相手取らなければならない青葉を、心配して手伝うことこそすれ、個人的交流を深めるには至れないのが現状なのである。 「僕だって誘えるものなら誘いたいよ」  小さく呟いて、僕は席に置きっぱなしの自分の鞄に目を遣った。  中に忍ばせている、映画のペアチケットが陽の目を見る日は遠い。  ゴールデンウィークに親戚から貰ったそれを、取り出すこともできず持ち歩く日々には、いい加減辟易していた。 「まあ、嘆いてても仕方ない。それより『作業』に取りかかろう」  鞄を床に下ろし椅子に座った僕は、ファイルから書類を取り出した。  長机の上で決算書をばらす。  そして合唱部の、支出時の書類と予算書の整合性を確かめていく。  予算書にない部費支出はないか。  消化されていない予算はないか。  ひととおり確認を終え、問題がなかった決算書の表紙、生徒会確認欄にサインを入れる。  この作業を、他の執行部員達と共に黙々と繰り返していく。 「さすがに正規の部活はミスが少ないな」 「顧問のところで散々やり直し食らってから来てくれるものねぇ」  長机を囲み作業する面々のぼやきに共感しながら、僕は別の書類に手を伸ばす。  顧問を持ち、正規の認可を受けている『部活動』は比較的書類の誤りが少ない。  提出期限を忘れているところだけ声がけに回れば、それなりにスムーズに書類を渡してくれる類いだ。 「うっ、同好会の決算書を引いてしまった……」  作業開始から数十分。ババを引き当て、苦い顔をする者が現れ始める。 「……僕もです」  難なく数件確認した僕も、同好会からの提出書類を引いて苦笑した。  顧問を持たない『同好会』は生徒が書類を作成し、そのまま生徒会に持参する。  一団体辺りの『部費』は正規の部活に比べて少額だが、団体数の多さと書類の手戻りの多さは、見事に金額と反比例している。  ひどい活動の例を挙げるならば。  同好会を廃止したから会計書類が残っていない。  こんな部費がつけられていたなんて知らなかった。  収支を表計算ソフトで管理しているが、なぜか数字が合わない。  などと生徒会に訴えるケースもしばしば。 「えー、十月十五日購入分のレシート添付がない、書籍購入費用で二千円の予算余り……と」  大きめの付箋に、確認修正が必要な箇所を書き連ね、ぺと、と決算書の表紙に貼る。  それをクリアファイルに入れ、『要修正』の山に重ねて次の書類に手を伸ばす。  入口の応対スペースからは、来客と青葉の話し声と、カタカタ速い電卓の音が聞こえてくる。
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