2話 高度な技術を妄信するな

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「……で、この数字をここに入れたから、計算は合ってるはずなんですよぅ……」  書類を手に取りつつ、僕は青葉に泣きつく客を視界の端に入れる。 「待ってくださいね。電卓だとこの数字になるので、多分どこかでおかしな計算をしているんだと……」 「ええっ! 代々この表計算ソフト、このシートで計算してきたんですよ!?」 「念のため確かめてみましょう。ちょっと見せてくださいね」  青葉は来訪者を(なだ)めながらノートパソコンを凝視していた。  ここ最近は『最早何が分からないのか分からない』状態に陥った客が多い。  収支管理帳を見せに来る生徒が後を絶たないので、入口近くに臨時スペースが作られたほどだ。 「ああ、なるほど。ここのセル、小数点以下切り捨てになってないですね。多分ここを切り捨てにすると……ほら、最終的にこの金額になるでしょう?」  青葉が懇切丁寧に相談内容を分析していく。  初めは「え?」とか「ん?」とか疑問符を浮かべていた生徒も、説明を受けるにつれ得心がいったようで。  最後にはありがとうございましたと頭を下げ、生徒会室を去っていった。 「はい、終われ終われー。今日の受付はここまでにするぞー」  渋い顔で書類とにらめっこしていた桐也が、客が去るや否や立ち上がりガチャリと鍵をかける。  気付けば時刻は十七時半過ぎ。  受付時間を戸に貼れど、駆け込んで来る生徒が多いため、うんざりした桐也が講じた対処法だった。  途端、だるそうに机に伏す者。  伸びをする者。  一拍置いて作業を再開する者。  それぞれが少し気を抜いて、またちらほらと作業へ戻っていく。  社会人経験はないが、将来残業をするならこんな感じなのだろうかと想像して、僕は小さく苦笑いした。 「終わったぁ。疲れたなぁ」  青葉が伸びと共に長机へ戻って来る。  ふにゃりと笑うその顔は、先程までの凛とした対応とは裏腹に、柔らかくて愛嬌に満ちていて。  苦楽を共にする役員同士だからこそ見られる顔に、密かに胸が鳴った。 「連日本当にすみません。助かります。ありがとうございます」  青葉は律儀にペコリと頭を下げる。  礼を言う彼女の顔にも、いいよいいよと応える皆の顔にも、一様に疲れが(にじ)んでいた。  声をかけようと、彼女と目を合わせようとしたところで。  青葉は僕の視線に気付かず、すっと桐也に近寄った。 「会長。今話しかけても大丈夫?」 「嫌っつったらどうすんの?」 「分かった。じゃあ、『会長、今から相談するね』。あのね……」  意地悪な返しにもめげず、青葉は桐也に相談を持ちかける。  彼は不承不承ながらも彼女に向き直った。  僕は、書類を捲るフリをしながら二人を盗み見るだけで。  作業に集中できるはずもなく、思い人と親友の会話に耳を澄ましてしまう。 「……で、今、相談に来る人を待たせちゃったりしてるでしょ? 逆に相談が早く終わることもあるし、何とかならないかな? 」  青葉の相談は端的に言えば、生徒の応対をどうすれば効率化できるか、という内容だった。  四月、合宿課題の案件以来、彼女は何かと桐也を頼るようになった。  アイディアが浮かばない時。  手間のかかる作業をしている時。  青葉はまず、桐也に相談を持ちかける。  それは、策士の彼に純粋に一目置いているようにも見えたし、不安を抱えて眺めるならば、特別に彼を慕っているようにも見えた。
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