2話 高度な技術を妄信するな

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***(side 若林 青葉)*** 「ふう、こんなところかな?」  十八時半をとうに過ぎた生徒会室。  他の面々がぐったりしている中、私、若林青葉は応接コーナーのパソコンを閉じた。  十九時の完全下校時刻(タイムリミット)に間に合うようバタバタ整頓していると、執行部員の一人から声をかけられる。 「青葉ちゃん、元気ね……」 「八重ちゃん」  伸びをしながら呆れたような声を出したのは、クラスメイトでもある八重野だった。  八重野は長机に詰まれた山に、また一つファイルを重ねながら苦笑する。 「『来客対応』が終わってからも、あの人達の『置き土産』とずっとにらめっこしてたんでしょ? よくやるわって感心してたの」 「そ、そうかな?」  健闘を(たた)える言葉に、私は照れ臭くなって視線を逸らした。  会計処理に迷える子羊達のうち、何人かは『どこが分からないのか分からない』と言って、データのコピーを残して帰っていった。    生徒会室を開けている時間は相談に応じ、閉めている時間はそうした『置き土産』を解読するべく表計算ソフトと闘う。  これが私の最近の日課だった。 「ううん、やっぱり皆さんに書類処理してもらってるお蔭だよ。本当にありがとうございます!」  私は八重野を始め、残っていた執行部員達に何度も頭を下げた。  特別問題のある団体ばかり相手にしているため、私は通常の決算処理に全く手を回せていない。  その代わり八重野など、他の執行部員達が総出で書類をチェックしてくれているのだ。  支えてもらっているからこそ問題解決に専念できる。  今日も金曜日だというのに、多くの人に時間ギリギリまで助けてもらった。  申し訳なさと感謝で毎日心がいっぱいだ。  はは、と疲れた笑いが返って来る中、八重野は心底可笑(おか)しそうにコロコロ笑った。 「柚木くんも、いっぱい頑張ってるものね? へとへとになるくらい」  前髪をゴムで括った茶髪の男子は、話を振られて不機嫌そうに眉根を寄せた。 「うるせえ。オレの担当は頭脳労働なのに、こき使ってくれやがって。こういう地道なデスクワークは嫌いなんだよ……」  ぐったりとした口調には『生徒会長』らしい覇気がない。  常に気だるげで緊張感のない彼だが、今は疲労が相まって溶けたように椅子にもたれている。  地道な作業が心底面倒臭いのだろう。  そう窺える言葉に、私は小さく笑いを零した。   「ありがとう会長。頭脳労働(アイディア)でも作業でも、とても助かってるよ」 「へえへえ、そりゃどーも」  敬意と感謝を込めて礼を言うも、柚木はどこ吹く風である。  それも彼のデフォルトなのだと、ここ一月の間に私も慣れたものだった。 「本当だってばー」  笑いながら返せるようになった私は、少しは成長できているだろうか。  うつけ者と悪名高い生徒会長・柚木の、合理的で頭の切れる本性を知った先月以来。  彼の(ひょうひょう)々とした態度に隠れた仕事ぶりを、私は目で追うようになっていた。  極力無駄を省いた所作や書類(さば)きには、私のがむしゃらな行動を効率化するヒントが詰まっている。    目で盗んで。  それでも分からないことは相談して。  そうすると彼は「かったるい」とぼやきながらも、きちんと対処してくれた。  会計の仕事が一段落し後任が見付かったら、早くキラキラの高校生活に復帰するのだ。  そう思いながらも、新しいアイディアや仕事の工夫を、聞いたり思い付いたりする度に少しワクワクしてしまう自分がいる。 「青葉ちゃん、楽しそうね」 「へ?」  八重野に指摘されて口元に手を寄せる。  口角が上がっていることに触れずとも気付き、頬がほんのり熱を持つ。  それを見ていた柚木が、信じられないものを見る目で呟いた。 「仕事中毒(ワーホリ)め」  柚木の言葉がストレートに胸を刺す。  成長しているのか振り出しに戻っているのか、やっぱりこれでは分かったものではない。  誤魔化すように咳払いして、私は話題を変えた。 「そういえば堀米くんは、まだ戻って来ないのかな?」
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