2話 高度な技術を妄信するな

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「生徒会が忙しいのに、私用で抜けちゃってごめんね」  申し訳なさそうに堀米が頭を下げる。   「ち、違うの! そうじゃなくてね!」  そんな鬼のような理由で怒っている訳ではない。慌てて訂正しながら彼に近寄る。 「そうじゃなくて。堀米くん、会長とか副会長とか関係なく、柚木くんにこき使われて大変だなぁって……」  改めて言葉にすると尚更ひどい。  くるりと柚木の方を向くも、彼はピュウと口笛を吹くだけだった。 「だって、サキ、使いやすいんだもんよ」 「アンタねえ……!」  悪びれずけろっと言い放った柚木にムッとして、言い返そうと身を乗り出す。と。 「まあまあ」  私達の間に入って止めたのは、他でもない堀米だった。 「生徒会に関係する用事もあったから、今回は大目に見てくれると嬉しいな」  そう微笑む堀米は、もういつもの余裕ある口調に戻っていた。   「関係?」 「そう。僕達の担任だった先生は、技術の授業の担当だったんだけどね」  事情が分からず首を(ひね)る。  彼は鞄からUSBメモリを取り出した。 「授業で使っていた、表計算ソフトのファイルを貰ってきたんだ」 「!」 「冬花中出身の人達は、この時習った関数とかフォーマットとかを結構参考にしていると思うから。『置き土産』の解読に、少しは役立てば良いのだけど」  さらりと彼が放った言葉に、私は息を呑んだ。    同系列であるがゆえ、白練冬花中から山茶花高校に進学する者は少なくない。  表計算ソフトで、会計用のファイルを新たに作ろうとする者も。  先代から引き継いだファイルを、良かれと思って改良する者も。  先代から引き継いだファイルに苦戦して、改悪する者も。  その思考の基礎となる物があるならば、複雑に改造されたファイルを解き明かす大きな手がかりになるかもしれない。 「すっごく助かる! ありがとう!」  胸が弾む。  テンションの高まりと共に、トクトクと鼓動が速くなっていく。  頼れる仲間がいることが、こんなにも頼もしくて心ときめかせるなんて。 「提案したのはトウヤだよ」  堀米は曖昧に微笑んで謙遜する。 「持ってきてくれたのは堀米くんでしょ? 二人とも本当にありがとう!」  それでも彼への感謝に変わりはない。  私は堀米と柚木の両方に礼を言った。  柚木は嬉しそうにするでもなく、ふわ、と欠伸をする。  そして時計のある方向をだらりと指差した。 「おい、うだうだしてると門が閉まるぞ」 「そうだった、急がなきゃ!」  時刻は十八時五十分。  敷地の広いこの高校では、中学の頃とは違い、校門へ着くまでにも時間を要する。  慌てて鞄を肩にかけた私の手に、堀米が「はい」とメモリを渡した。  私は反対の手に握っていた、もう一つの『借り物』を差し出す。 「借りてばっかりでごめんね、堀米くん」 「いえいえ。少しでも役に立てるなら嬉しいよ」  申し訳なさを口にするも、堀米は柔らかく受け止めて謙虚な言葉を口にする。  この大人な受け答えは、私には、そして恐らく柚木にも真似できない。  そう考えたところで私は、はたと思い至った。  明日明後日は土日で、生徒会室に入ることができない。  そのため私は、家で表計算ソフトのファイルの解読を進めるつもりだった。  堀米はそれを見越して、無理をして生徒会室まで戻って来てくれたのではないか。  顔が再び、カアと熱くなる。  私は堀米に見られないよう、シャツの袖を伸ばして頬を覆った。 「い、急ごう!」  ドタバタ退室していく執行部員達に続き、私は彼の隣を抜けて走り出す。  優しくされすぎると、意識してしまいそうになる。  なんて、親切な彼には気付かれたくない。  落ち着きのない心が恥ずかしくて、私は廊下を走りながら頬を叩いて気合いを入れた。 「よし! 頑張ろう!」 「……頑張りすぎには、気を付けてよね?」  横を走る八重野が呆れたように突っ込んだのと、閉門間近を知らせるドビュッシーの『月の光』が流れ始めたのは、ほぼ同時のことだった。
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