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チャイムが鳴り、午前の授業が終わった。
昼休みは、校内施設を楽しむ良い機会だ。
今日は購買でパンを買おうか、学食でうどんを頼もうかと、ウキウキ悩みながら友人に声をかけようとする。
「づめり──」
「ちょっといい?」
と。教科書を机にしまった私の前に、立つ影が一つ。
スレンダーなシルエットのワンピース。
リボンで二つに括ったフワフワ柔らかそうなセミロングヘア。
くりっと丸い大きな瞳。
私より背の高い生徒が、私の顔を覗き込んでいる。
「や、八重野さん……?」
じっと見つめてくる人物に、私は恐る恐る声をかけた。
顔と名前しか知らないクラスメイトは、私の問いかけを受けてにっこり微笑んだ。
「若林、青葉ちゃん」
級友は私と目を合わせながら、確かめるように私の名前を呼んだ。
少しハスキーな声に、思わずドキリとする。
「どうしたの?」
「実はね。ちょっと、助けてほしいことがあるの」
うるうると潤んだ瞳は可憐で。
にわか女子高生の私には敵わない強い目力がある。
「ど、どうしたの? 助けてって……」
戸惑いと共に問うと、八重野は声のボリュームを上げて懇願した。
「あのね、今、生徒会がすっごく忙しくてピンチなの。お願い、青葉ちゃんに手伝ってほしくて!」
「え……っ」
『生徒会』。
そのワードに、自分の口元が一瞬引き攣る。
唐突すぎる要請に困惑し、私は周囲に視線を逸らした。
クラスメイトが数人、何事かとこちらに視線を寄越している。
生徒会繋がりで堀米の席に目を遣るも、彼は既にいなかった。
私は取り敢えず場を濁すため、あははと笑う。
「……私なんて、力になれないよー。この学校、優秀な人が多いし。私なんかより力になれる人が、きっといっぱい……」
謙遜しながら辺りを見回して、ふと気が付く。
クラスメイトのうち何人かは、真っ直ぐ前や下を向いて、こちらに目を向けようとしない。
まるで、故意に目を背けているかのように。
格好といい行動といい、目立ちたがりの多いクラスなのに、一体どうしたのだろう。
その意図を掴めず疑問符を浮かべていると、八重野は私に一歩近付き、声のトーンを落として囁いた。
「そんなことないわよ。私、知ってるもの。青葉ちゃんが中学の頃、生徒会長をしていたの」
「なっ……!?」
囁かれた内容は、今度こそ絶句するに値した。
何一つ間違っていない、この学校では誰にも話したことのない、私の黒歴史。
なぜ八重野が把握しているのか。源が掴めない情報に怯えて、私は一歩後ずさった。
「ご、ご、ごめんなさい! 私、それでも今は、力になれないの! 昔のことも忘れちゃったし、中学と高校では要領が違うだろうし……!」
両手をブンブン横に振り、苦しい言い訳を投げつける。
困った相手を放っておくという自分の所業に、胸がズキリと痛む。
しかしここで引き受けてしまえば、結局私は何も変われていないことになる。
諦めてくれるまで、この意志を曲げてはいけない。
お人好しが人を救うとは限らないから。
人の為に徹するだけの実力も、開き直るだけの度量もないから。
思考停止で何かを引き受けるのは、優しさの影に隠れた無責任だから。
「ごめんね、私……」
「……そっか」
八重野の呟きは、残念さを滲ませていて。
私は罪悪感に耐えきれず、ぎゅっと目を瞑った。
「ごめんね」
聞こえたのは、小さな謝罪。
それと同時に、背中に手の感触を覚える。
と、足が地面から離れ、急に浮遊感が襲う。
「えっ!?」
目を開けて状況を確認する。
膝裏に手。
背中にも手。
私は今、八重野にお姫様抱っこをされていた。
「えっ? え? ええっ!?」
「ごめんね青葉ちゃん。こっちもボスの命令なのよ」
八重野は力強く頷く。
私を持ち上げている腕は、可憐な見た目に反し、意外にもしっかりしている。
──ではない。
私は慌てて手をバタつかせる。
「ちょっ、ちょっと、待って、これはどういう──」
「お願いするわね」
「「ラジャー!」」
背後から野太い声が上がる。
と同時に、優しく何かの上に下ろされる。
布張りの感触。
私の頭と足先に、端を持つ屈強な男子生徒が一人ずつ。
乗せられるのは初めてだが、この形状には覚えがある。
担架だ。
「さぁ、レスキュー同好会の皆さん、この子を生徒会室まで運んじゃって!」
「「ラジャー!」」
抗う間もなく、私を載せた担架が、器用に教室から運び出される。
目まぐるしく変わる景色と揺れになすすべもなく、私の身体が運搬されていく。
「どっ……」
ようやく絞り出した声が、空しく廊下に響く。
「どういうことなの────っっ!?」
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