1話 労働とは情報戦だ

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+++  チャイムが鳴り、午前の授業が終わった。  昼休みは、校内施設を楽しむ良い機会だ。  今日は購買でパンを買おうか、学食でうどんを頼もうかと、ウキウキ悩みながら友人に声をかけようとする。 「づめり──」 「ちょっといい?」  と。教科書を机にしまった私の前に、立つ影が一つ。  スレンダーなシルエットのワンピース。  リボンで二つに括ったフワフワ柔らかそうなセミロングヘア。  くりっと丸い大きな瞳。  私より背の高い生徒が、私の顔を覗き込んでいる。 「や、八重野さん……?」  じっと見つめてくる人物に、私は恐る恐る声をかけた。  顔と名前しか知らないクラスメイトは、私の問いかけを受けてにっこり微笑んだ。 「若林、青葉ちゃん」  級友は私と目を合わせながら、確かめるように私の名前を呼んだ。  少しハスキーな声に、思わずドキリとする。 「どうしたの?」 「実はね。ちょっと、助けてほしいことがあるの」  うるうると潤んだ瞳は可憐で。  にわか女子高生の私には敵わない強い目力がある。 「ど、どうしたの? 助けてって……」  戸惑いと共に問うと、八重野は声のボリュームを上げて懇願した。 「あのね、今、生徒会がすっごく忙しくてピンチなの。お願い、青葉ちゃんに手伝ってほしくて!」 「え……っ」  『生徒会』。  そのワードに、自分の口元が一瞬引き()る。  唐突すぎる要請に困惑し、私は周囲に視線を逸らした。  クラスメイトが数人、何事かとこちらに視線を寄越している。  生徒会繋がりで堀米の席に目を遣るも、彼は既にいなかった。  私は取り敢えず場を濁すため、あははと笑う。 「……私なんて、力になれないよー。この学校、優秀な人が多いし。私なんかより力になれる人が、きっといっぱい……」  謙遜しながら辺りを見回して、ふと気が付く。  クラスメイトのうち何人かは、真っ直ぐ前や下を向いて、こちらに目を向けようとしない。  まるで、故意に目を背けているかのように。  格好といい行動といい、目立ちたがりの多いクラスなのに、一体どうしたのだろう。  その意図を掴めず疑問符を浮かべていると、八重野は私に一歩近付き、声のトーンを落として(ささや)いた。 「そんなことないわよ。私、知ってるもの。青葉ちゃんが中学の頃、生徒会長をしていたの」 「なっ……!?」  囁かれた内容は、今度こそ絶句するに値した。  何一つ間違っていない、この学校では誰にも話したことのない、私の黒歴史。  なぜ八重野が把握しているのか。源が掴めない情報に怯えて、私は一歩後ずさった。 「ご、ご、ごめんなさい! 私、それでも今は、力になれないの! 昔のことも忘れちゃったし、中学と高校では要領が違うだろうし……!」  両手をブンブン横に振り、苦しい言い訳を投げつける。  困った相手を放っておくという自分の所業に、胸がズキリと痛む。  しかしここで引き受けてしまえば、結局私は何も変われていないことになる。  諦めてくれるまで、この意志を曲げてはいけない。  お人好しが人を救うとは限らないから。  人の為に徹するだけの実力も、開き直るだけの度量もないから。  思考停止で何かを引き受けるのは、優しさの影に隠れた無責任だから。 「ごめんね、私……」 「……そっか」  八重野の呟きは、残念さを滲ませていて。  私は罪悪感に耐えきれず、ぎゅっと目を(つむ)った。 「ごめんね」  聞こえたのは、小さな謝罪。  それと同時に、背中に手の感触を覚える。  と、足が地面から離れ、急に浮遊感が襲う。 「えっ!?」  目を開けて状況を確認する。  膝裏に手。  背中にも手。  私は今、八重野にお姫様抱っこをされていた。 「えっ? え? ええっ!?」 「ごめんね青葉ちゃん。こっちもボスの命令なのよ」  八重野は力強く頷く。  私を持ち上げている腕は、可憐な見た目に反し、意外にもしっかりしている。 ──ではない。  私は慌てて手をバタつかせる。 「ちょっ、ちょっと、待って、これはどういう──」 「お願いするわね」 「「ラジャー!」」  背後から野太い声が上がる。  と同時に、優しく何かの上に下ろされる。  布張りの感触。  私の頭と足先に、端を持つ屈強な男子生徒が一人ずつ。  乗せられるのは初めてだが、この形状には覚えがある。  担架だ。 「さぁ、レスキュー同好会の皆さん、この子を生徒会室まで運んじゃって!」 「「ラジャー!」」  抗う間もなく、私を載せた担架が、器用に教室から運び出される。  目まぐるしく変わる景色と揺れになすすべもなく、私の身体が運搬されていく。 「どっ……」  ようやく絞り出した声が、(むな)しく廊下に響く。 「どういうことなの────っっ!?」
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