2話 高度な技術を妄信するな

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+++  明くる土曜日。  私は朝から自室のノートパソコンとにらめっこしていた。  『置き土産』こと、同好会の会計用ファイルコピーそのものは、情報保護のため生徒会室のパソコン内に置いてきている。  その代わり『コピーファイルのコピーファイルから、具体的な費目や数字を抜いたもの』の持ち出し許可を、会長から貰うことができた。  いつ、誰が、何のために支出したのかという情報は、今手元にあるファイルでは分からない。  が、数式やマクロなど『計算の仕組み』そのものは変えていない。  そのため『どこが間違っているか』を自宅で確認することができるのだ。 「よーし、土日の間に、できる限り終わらせるぞー」  五月が終わるまで残り一週間。  十九時までしかいられない生徒会室で全てを終えるには無理があった。  気合一発、一つ目のファイルを開いて、私はすぐさま頭を抱える。  まず表の体裁。  通常の実線のほか、太線やら点線やら二重線やらが入り混じり、不格好になっている。 「ああこれ、誰かの代で一度綺麗に整備されたファイルなんだろうなぁ。それを後任の誰かが闇雲に『コピー』して『貼り付け』たから、罫線がぐちゃぐちゃになっちゃったんだろうなぁ……」  推測を独り()ちつつ、私は眼鏡の位置を正す。  数式だけは元のファイルのままなので、計算元となる数値を抜いた今、計算結果が軒並みエラーで表示されている。  試しに適当な数値を入れてみると、その行だけ計算結果が表示された。  これなら関数も、その誤りも確認することができる。  安堵で小さく息を漏らすと、私は「よし」と呟いた。 「うん。このくらい、よくあるある。頑張ろう」  そして私は『仕組み』の穴を模索していく。  時に様々な数値を入れ、計算を試しながら。  時に堀米から貰った、白練冬花中の授業用ファイルと照合しながら。  誤りを発見しては、正す方法を確かめて。  その度に私はブツブツ独り言を漏らす。 「最後に新しく行を挿入してるから、ここだけ『合計』から漏れちゃってたのか。関数の『対象範囲』には気を付けてほしいなあ」 「ピボットテーブル、便利だよね、うん。使うならちゃんと『データの更新』を忘れないでほしいなあ。数字がずれちゃうんだってば」 「F4キー(直前の動作繰り返し)はやっぱり神だぁ」 「Ctrl+Shift+矢印キーも神だわ。マウスを動かしながらちまちま『範囲選択』してた頃には戻れないや」 「『検索』と『置換』も、こんなに可能性に満ち溢れてるのになあ。空白の削除とか」 「なるほど。この同好会は『フィルタ』で年度を分けているんだ。それは良いけど、これじゃ前々年度の数値まで足しちゃってるよ……。『非表示』にして見えなくなったからって、数値が消えた訳じゃないんだからさ。それなら専用の関数を使ってよ……」 「というか現金の話なのに、小数点以下切り捨てしてないところ多すぎ! 貴方達は買い物で何円何銭払ってるのかな!?」 「うわ、出た。改変しようとして途中で諦めてるファイル。一番困る! 断念するのは仕方ないけど、コピーファイルでやってよ! オリジナルのファイルを直接弄くり回すな!!」 「もう! あれもこれも全部、検算すれば分かることでしょ!? 表計算ソフトがどれだけ便利でも、ミスなんていくらでも起こり得るんだから!! 高度な技術に頼り切りすぎて、妄信するんじゃない!!!!」  何件、処理をしただろう。  キーボードと、外付けのテンキーを往復しながらカタカタ叩いていると。 「姉ちゃん、うるさい」  ノックもなしに戸が開いて、突然、背後から不機嫌そうな声を浴びせられた。
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