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「姉ちゃん、今ねえ……!」
椅子を立ち、急な来訪者と向き合う。
「今、なに。何をブツブツ言ってたの」
彼は眉根を寄せ、冷ややかな目を私に向けた。
ハッと我に返った私は、一度深呼吸して素直に頭を下げた。
「……ごめん。ヒートアップしてた。隣、うるさかったよね?」
「うん、すっごく」
「ごめんね柳青」
謝罪を受けると、弟の柳青は不服そうにしながらも真顔に戻った。
そして、声変わり中の嗄れかけた声でボソリと毒を吐く。
「姉ちゃん、『私はキラキラの女子高生になったの!』じゃなかったの? なんで土曜日なのに遊びにも行かずに、また一日仕事みたいなことしてんの?」
「ぐっ……」
呆れたように放たれた言葉に、言い返すことができない。
私と似たような顔で、身長も大して変わらないのに、彼女持ちで中学生活を謳歌している弟の言葉は、ズシリと重く心にのしかかった。
「というか、眼鏡で、デコ丸出しにして、髪の毛がっちり括って、おまけに中学のジャージを上下で着てさ。全く去年と変わってないじゃん。おれまで恥ずかしいから、絶対にその格好で出歩かないでよ」
「うるさいなあ! 家の中なんだから良いでしょ!? 外に行くなら、さすがに着替えるってば!」
柳青は私の格好を見ながらズケズケこき下ろす。
反論するも、小洒落たジャージを部屋着にしている彼にとっては、姉の行動が理解できないのだろう。
ふうと息を吐いて、柳青はトドメを刺すように発言した。
「だから姉ちゃんはモテないんだよ」
「も、モテモテになりたい訳じゃないもん……!」
何を言っても負け惜しみにしか聞こえないのが悔しい。
バレンタインに毎年チョコを貰える程度にモテる弟の言葉は、家族以外にチョコレートを作ったこともない私の言葉より、はるかに強く感じられた。
「毎日夜遅くまで何かやっててさ。肌にも悪いんだってよ、そういうの」
「そ、そのくらい知ってるよ!」
隣室の彼は連夜の作業も耳に入っていたようだった。
柳青はじろりと私を睨み言葉を続ける。
「分かっててやるの、本当に意味分かんない。土日くらいは早く寝たら?」
「取り敢えず、なるべく静かに作業するようにはするから……」
視線を逸らして曖昧に答える。
と、柳青は再び眉間に皺を寄せた。
「そういうことじゃないってば。こんなこと続けてると、いつか身体壊すってこと」
呆れたように、しゃがれ声で彼が発したのは、私を気にかける言葉だった。
口は悪いけれど根は素直な弟だ。
私は口元を少し緩め、ピースサインを掲げてみせた。
「ありがとね、柳青。安心して。忙しいのが終わったら、今度こそ女子高生として充実した毎日を送るんだから!」
「姉ちゃんが『忙しくない』ところなんて、見たことないんだけど」
「う、うるさいなあ……」
最後まで毒を吐いて、柳青はじゃあと背を向けた。
独り言の声量には気を付けよう。
そう思いながら、弟の背中を見送っていると。
「そういえば朝、日向兄ちゃんと会ったよ」
柳青はドアノブに手をかけて振り返り、付け足すようにそう言った。
突然告げられたその名前に、胸が、ドクンと強く脈打つ。
「姉ちゃんは元気かって聞かれたから、元気で忙しそうにやってるよって言っといたけどさ。直接話せばいいじゃん。喧嘩でもしてるの?」
「け、喧嘩なんて、してないって……」
答える声は、徐々に尻すぼみになっていった。
意図的に避けていた知人の情報を耳にして、動悸が収まらない。
忌まわしい記憶が、頭の中をぐるぐると巡る。
『青葉、お前しかいないんだ』
『若林会長って、可愛くないよな』
『──と──って、釣り合ってないよね』
耳にこびり付いた声が、繰り返しこだまする。
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