2話 高度な技術を妄信するな

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「姉ちゃん、今ねえ……!」  椅子を立ち、急な来訪者と向き合う。 「今、なに。何をブツブツ言ってたの」  彼は眉根を寄せ、冷ややかな目を私に向けた。  ハッと我に返った私は、一度深呼吸して素直に頭を下げた。 「……ごめん。ヒートアップしてた。隣、うるさかったよね?」 「うん、すっごく」 「ごめんね柳青(りゅうせい)」  謝罪を受けると、弟の柳青は不服そうにしながらも真顔に戻った。  そして、声変わり中の()れかけた声でボソリと毒を吐く。 「姉ちゃん、『私はキラキラの女子高生になったの!』じゃなかったの? なんで土曜日なのに遊びにも行かずに、また一日仕事みたいなことしてんの?」 「ぐっ……」  呆れたように放たれた言葉に、言い返すことができない。  私と似たような顔で、身長も大して変わらないのに、彼女持ちで中学生活を謳歌している弟の言葉は、ズシリと重く心にのしかかった。   「というか、眼鏡で、デコ丸出しにして、髪の毛がっちり括って、おまけに中学のジャージを上下で着てさ。全く去年と変わってないじゃん。おれまで恥ずかしいから、絶対にその格好で出歩かないでよ」 「うるさいなあ! 家の中なんだから良いでしょ!? 外に行くなら、さすがに着替えるってば!」  柳青は私の格好を見ながらズケズケこき下ろす。  反論するも、小洒落(こじゃれ)たジャージを部屋着にしている彼にとっては、姉の行動が理解できないのだろう。  ふうと息を吐いて、柳青はトドメを刺すように発言した。 「だから姉ちゃんはモテないんだよ」 「も、モテモテになりたい訳じゃないもん……!」  何を言っても負け惜しみにしか聞こえないのが悔しい。  バレンタインに毎年チョコを貰える程度にモテる弟の言葉は、家族以外にチョコレートを作ったこともない私の言葉より、はるかに強く感じられた。    「毎日夜遅くまで何かやっててさ。肌にも悪いんだってよ、そういうの」 「そ、そのくらい知ってるよ!」  隣室の彼は連夜の作業も耳に入っていたようだった。  柳青はじろりと私を睨み言葉を続ける。 「分かっててやるの、本当に意味分かんない。土日くらいは早く寝たら?」   「取り敢えず、なるべく静かに作業するようにはするから……」  視線を逸らして曖昧に答える。  と、柳青は再び眉間に皺を寄せた。 「そういうことじゃないってば。こんなこと続けてると、いつか身体壊すってこと」  呆れたように、しゃがれ声で彼が発したのは、私を気にかける言葉だった。  口は悪いけれど根は素直な弟だ。  私は口元を少し緩め、ピースサインを掲げてみせた。 「ありがとね、柳青。安心して。忙しいのが終わったら、今度こそ女子高生として充実した毎日を送るんだから!」 「姉ちゃんが『忙しくない』ところなんて、見たことないんだけど」 「う、うるさいなあ……」  最後まで毒を吐いて、柳青はじゃあと背を向けた。  独り言の声量には気を付けよう。  そう思いながら、弟の背中を見送っていると。 「そういえば朝、日向(ひなた)兄ちゃんと会ったよ」  柳青はドアノブに手をかけて振り返り、付け足すようにそう言った。  突然告げられたその名前に、胸が、ドクンと強く脈打つ。 「姉ちゃんは元気かって聞かれたから、元気で忙しそうにやってるよって言っといたけどさ。直接話せばいいじゃん。喧嘩でもしてるの?」 「け、喧嘩なんて、してないって……」  答える声は、徐々に尻すぼみになっていった。  意図的に避けていた知人の情報を耳にして、動悸が収まらない。  忌まわしい記憶が、頭の中をぐるぐると巡る。 『青葉、お前しかいないんだ』 『若林会長って、可愛くないよな』 『──と──って、釣り合ってないよね』  耳にこびり付いた声が、繰り返しこだまする。
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