2話 高度な技術を妄信するな

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「姉ちゃん?」  柳青の声で、私は現実に引き戻された。  少し不安げに私を見つめる弟は、まだ少しあどけない顔立ちをしている。  一呼吸置いて、私はにっと笑んでみせた。 「何でもないよ。とにかく、姉ちゃんは今忙しいから、日向(ひなた)とは会わないの。頑張って頑張って乗り切って、高校ではちゃんとした青春を送るんだから!」  そして強引に話を結ぶと、文字どおり彼の背を押して部屋の外に追い出した。  パタン。  後ろ手にドアを閉めて、私はズルズルその場にへたり込む。 「……成長しないなあ、私も」  私は柳青に聞こえないよう、小声でポソリと呟いた。  彼に強がって放った言葉は、まるで自分に言い聞かせたかのようだった。  今の私は、髪型やメイク、服装にそれなりに気を使っている。  チョコレート色のふんわりボブ。  明るい色味の制服風ファッション。  コンタクトレンズにナチュラルメイク。  見た目だけは中学の頃から変わっていると、自信を持って言える。  では、中身はどうだろうか。  生徒会の仕事にけりを付けたら、もう一度『青春らしいこと』に挑戦する。  そのために今、会計の仕事に全力を注いでいる。  そう決めて目標に突き進んでいるつもりなのに、時折、本当にそれで良いのかと迷ってしまう。  それは本当に必要な努力なのか。  頑張りが空回りしていないか。  方向が間違っているのではないか。  もう一人の自分が折に触れて、内側から問いかけてくるのだ。 「中学の時にも、あったなあ……」  高校に入って封印しようとしていた、中学時代の苦い記憶。  初めて入った生徒会で、右も左も分からず、ただがむしゃらだった日々。  空回りの思い出は、遠いようで、まだ数箇月前の話だったと思い至り溜め息を吐く。 「……私も、一生懸命作って置いてきたんだよなあ。会計用の、表計算ソフトのファイル」  『残された側』に立って、数々の同好会の表計算ファイルと格闘しながら。  思い出さないようにしていても思い浮かべてしまうのは、自分自身の『置き土産』のことだった。  中学の頃、生徒会にいた私の最後の仕事は、会計管理用の表計算ソフトのファイルを改良することだった。  卒業直前まで見直しをかけ、数式も体裁も引継書もきっちり揃えた。  もうこれで心配はないだろう。  そんな自信にも似た慢心と共に卒業し、新たな道を進み始めた。  ところが、ファイルを託された側──同じような立場であろう、山茶花高生のその後はどうだろうか。  書類が見付からない。  ファイルの仕組みが分からない。  だから、良かれと思ってデータを弄くり回す。  隙も説明もない『完成品』ほど、持て余されて改造されて、『解読』が必要な代物になる。  そんな様を見せつけられて、私は内心冷や汗が止まらなかった。  比較的偏差値の高い山茶花高生でもあっぷあっぷ言っているものを、私は、中学の後輩達にきちんと伝えられただろうか。 「いや、絶対に無理だ……」  率直に言葉にすると、もう覆らない現実のように思えてくる。  余計な混乱を招いてしまったのではないか。  最後の仕事も『空回り』だったのではないか。  不安が渦巻いて、胸を離れない。 「……っと。こういう時は一旦休めって、会長も言ってたっけ」  私は冷静を装って、ファイルを一時保存する。  長い作業の疲れもあって、立ち上がるとクラリと眩暈(めまい)がした。 「うん、また後で。続きは夕食の後でにしよう」  ノートパソコンをパタンと閉じる。  ゆっくりと目を瞑ると、シャットダウン中のパソコンのように、視界がチカチカとちらついた。 +++  夕食の後に作業を再開して。  翌朝も早くからパソコンと向き合って。  日曜の夜には、『置き土産』全件の問題点を発見し終わった。  それでも気分が晴れることはなく。  自分が中学に置いてきた遺物を思っては悶々とし、そのまま週明けを迎えたのだった。
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