59人が本棚に入れています
本棚に追加
/236ページ
「いやいや、そんなことないでしょう?」
優しい言葉に甘えそうになりかけて踏みとどまる。
事実僕は桐也のように、彼女から手伝いをお願いされたり、相談を持ちかけられたり、懸念を打ち明けられたりしていない。
彼女に頼ってもらえている自覚など、できるはずもない。
否定の言葉を返せば、青葉は不服そうに少しだけ眉根を寄せた。
「いやいやいや、本当だってば! 一番、誰よりも、断トツでお世話になってるんだって!」
青葉は語調を強め、僕に一歩近付く。
気圧された僕は、先程とは正反対に一歩引く。
「だって、僕が『手伝うよ』って言っても、いつも 『大丈夫!』って返すから……」
また、つい本音を漏らしてしまう。
青葉の前ではいつもそうだ。
明かすまいと思っていた気持ちほど、いとも簡単に紐解かれてしまう。
「それは!」
バン、と。
青葉は人のいない長机を、片手で叩いた。
「それは、堀米くんが、気付いてくれるから!」
二人きりの朝の生徒会室。
青葉の声が、部屋中に響き渡る。
「気付く? 僕が?」
「そう!」
聞き返すと、青葉は腕を組んで一層声を張った。
「あのね! 堀米くんは、頼む前に、気付いて色々としてくれてるの! 書類の整理とか、決算書の回収とか!」
勢い付いた青葉は、スラスラと言葉を並び立てる。
「あと堀米くん仕事も速いから、すぐに自分の分終わらせて、『手伝うことない?』って聞いてくれるでしょ?」
「それは……」
答えに言い淀んでいると。
青葉は僕の顔に向け、ビシッと指を突き立てた。
「これ、一日に十回は聞いてくれてるから! 何なら三十分に一回くらいのペースで聞いてくれてるから!! 『お願い』って口頭で頼むのが、追い付く訳ないでしょう!?」
怒濤の勢いで言い募ると、青葉は肩で息をした。
「そんなに……聞いてた?」
「うん、聞いてた!!」
思わず聞き返すと、青葉は胸を張って迷いなく答える。
「だから、堀米くんが思うより、私はずっと堀米くんに頼ってるんだよ」
かと思うと、今度は諭すような優しい笑みで僕をじっと見つめた。
「というか私が言うのもなんだけど、堀米くんは働きすぎ! というより会長にこき使われすぎ!!」
「……ふふっ」
温かいものが胸を満たしていく。
笑声が自然と零れ出る。
彼女の仕草の一つひとつが、堪らなく愛らしくて。
彼女の言葉が、宝物のように嬉しい。
僕は足を止めて、もう一度しっかり青葉と向き合った。
「若林さんに頼ってもらえてたなんて、嬉しいよ。本当にありがとう」
「いやいや、お礼を言うのは本当にこっちの方で……」
自ずと会話のテンポが緩やかになっていく。
クスクスと笑い合えば、不安も嫉妬も、紅茶に溶かすようにじわじわ解けて温かくなっていった。
「だからね、本当にありがとう。堀米くん」
僕の目を真っ直ぐ見つめて。
青葉は柔らかい笑みを見せた。
その満面の笑顔に。
『初めて』彼女と出会った時の記憶が、鮮明に蘇る。
一生懸命な時とのギャップも含めて。
僕は、初めて青葉の笑顔を見た時に、とても吃驚して。
そこから彼女のことを、深く深く好きになったのだ。
「堀米くん?」
目の前にいる青葉の言葉で、白昼夢から覚める。
「ううん、何でもないよ。ちょっと思い出したことがあっただけ」
応えた声は数分前より、先週より少しだけ明るくて。
口元は、自然と緩んでいた。
最初のコメントを投稿しよう!