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「思えばさっきは嫌な言い方しちゃったね。ごめんね、堀米くん」
青葉は頬を掻くと、ガバッと頭を下げた。
「ううん、こちらこそ。色々と聞いてしまってごめんね」
僕も倣うように低頭する。
と、彼女は慌てたように両手を振った。
「あのね、ちょっと悩んでいたことはあるんだけど、本当に高校の生徒会とは関係ない話でね……!」
「うん」
「ただちょっと、色々な同好会の決算に対応してるうちに、中学の生徒会が心配になっちゃって。本当に、それだけなんだ」
そう言って青葉は顔を曇らせる。
最中にある悩みを、胸の内を明かしてくれたことが、この上ないほど嬉しかった。
「話してくれて、ありがとう」
素直に感謝を口にすると、青葉は僅かに瞠目し、それから微笑んだ。
「堀米くんは、優しいね」
「……優しくて聞いてる訳じゃないんだけどな」
折角貰った褒め言葉が、『優しく見えるタイプなんて当て馬になりがち』という指摘を連想させ、苦笑いになる。
僕はきちんと、青葉との距離を縮めることができているだろうか。
不安が脳裏を過れども、彼女の悩みに寄り添わないという選択肢はない。
「気になるなら、連絡してみても良いんじゃないかな?」
純粋なアドバイスを告げる。
と、青葉と再び目が合う。それがまた少し幸せだった。
「『なんだコイツ、卒業したのに連絡寄越しやがって、チッ』……とか、思われないかな……?」
不安げに震える青葉の声が、愛おしい。
僕は丁寧に想像しながら一つひとつ言葉にしていく。
「まあ、僕は若林さんの後輩を知らないから……そう思う人である可能性も、なくはないかな」
僕の一言で、青葉はさっと顔を青くする。
舌打ちの真似までして最悪の想定をしたのは彼女なのに、オロオロする様子に少しだけ笑いが込み上げてくる。
「なんてね、そういう人もいるかもしれないけどさ。逆に『卒業しちゃった先輩に聞きたいことがあるのに、連絡しづらいな』って、今頃困っている可能性だってあると思うよ」
「そ、そうかな……!?」
僕の提言に、青葉は今度は心配そうに唸った。
本当は、彼女の後任者の為人についても少しだけ知っている。
優しげで気弱そうな生徒だったから、おそらく後者の可能性が高いだろう。
そう僕が内心考えていることは、もちろん秘密のまま。
「もしトウヤみたいな人が『残された側』だったら、先輩後輩お構いなしにズケズケ聞くんだろうけどさ。聞けないタイプの人の方が多いだろうから、連絡してみるのも良いかと思ったんだ」
「そっ、そうだよね! 皆、会長みたいにできる訳じゃないもんね!」
普段、前任の陣条に遠慮なくあれこれ聞いている桐也を思い出し、笑みを零す。
駄目押しの説得は上手くいったようで、青葉は吹っ切れたような顔をして拳を胸の前で握り込んだ。
「それにしても、会長って堀米くんと本当に仲良いよね」
僕の微笑を気に留めてか、彼女は口元を緩めて問うた。
「ただの腐れ縁だよ」
苦笑して返すも、満更ではない。
青葉は僕の言葉に聞き入ると、ほお、と溜め息を吐いた。
「うん、本当に会長はすごい。遠慮がないし、采配は上手いし、頭は切れるし、それに……」
青葉は僕をチラリと見ると、少し切なそうな表情をした。
「いいなあ。私も会長を見習わなきゃなあ」
少し寂しげな声色に、呼応するように胸がきゅっと痛む。
単なる尊敬の言葉にしては、切なさを含んだ声差しだったから。
彼女にとって桐也は、憧憬の対象というだけでなく、焦がれるような思いを抱える相手なのだろうか。
「若林さんも、十分すごい人だよ」
なんて描いた妄想を、クシャリと丸めて捨てるように、僕は慰めを口にした。
「ありがとう、頑張るね」
切なげに紡がれた謝礼の言葉が響く。
青葉はやはり桐也のことが好きなのかもしれない。
そうだったとしても、なればこそ、僕は彼女を譲れない。
「どういたしまして。僕も、頑張るよ」
真意は届かなかっただろう。
彼女は僕の言葉を素直に受け止め、優しく微笑んだ。
「頑張る同盟だね」
「うん、そうだね」
開け放たれた窓から、運動部の撤収の合図が聞こえる。
今日も空は晴れていて、多忙な一日が始まる前の、何気ない雑談が心地好い。
胸はまだ微かに痛んだが、『同盟』という言葉が、細やかながらも嬉しい朝だった。
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