2話 高度な技術を妄信するな

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+++  それからの一週間は、怒濤の勢いで過ぎ去っていった。  くよくよ悩んでいる暇がないほど、様々な同好会に足を運び、大量の書類を(さば)いた。  そして。 「よっっし! この同好会でラストだ。終わったー!!」  五月最後の金曜日。  青葉の万歳と共に、生徒会室が歓声で満たされる。 「疲れたー!」 「でも終わったぞー!」 「もう当分『部費』の文字は見たくないわー!」    ピリピリした空気と山積みの書類から解放され、誰もが喜びで席を立った。  マーカーで塗り潰されたリストを片手に、青葉が頭を下げて回る。 「本当にありがとうございました! 皆さんのご協力のお蔭で、何とか間に合いました!!」 「何言ってるの! 一番頑張ったのは青葉ちゃんじゃない!」 「そんなそんな……!」  受け答えも、皆自然とハイテンションだ。  パチン。  青葉と八重野がハイタッチしたのを皮切りに、次々と周りで手が挙がる。 「堀米くん!」 「!」  元気良く名前を呼ばれ、胸が鳴る。  青葉は僕を見上げ、晴れがましい笑顔で万歳をした。  パチン。  彼女の両手に、僕の両手を合わせる。  小さくて温かい感触は、けれどすぐに離れていった。  多幸感と、少しの物足りなさ。  矛盾する感情も、彼女が原因ならばどこか心地好かった。 「ありがとう! この前も言ったけれど、本当に本当に、たくさん助けてもらっちゃったね」 「ううん。そう思ってくれて嬉しいよ」 「こちらこそだよー! 本当にありがとう!!」  満面の笑みではしゃぐ青葉が心底愛おしい。  彼女の笑顔に貢献できたことが、この上ないほど嬉しい。 「あのね、お礼ってほどではないんだけど……」  青葉は少し照れ臭そうに、巾着袋からゴソゴソと中身を取り出し、僕の掌に置いた。  小袋に包まれた、(まり)のようなどんぐり飴が、二つ。 「……っ!」  初めての貰い物に言葉が詰まる。  コロンとした淡い桃色と黄色の飴の愛らしさに、しばし見入ってしまう。  青葉は僕の側を離れると、次々に飴を配っていった。 「『飴ちゃんおばちゃん』みたいだな」 「うるさい! 要らないなら他の人にあげて!」  桐也のからかいに噛み付きながらも、彼女は皆に同じように手渡していく。  残念ながら、特別な贈り物ではなかったらしい。  そんな当然のことを、少し口惜しく思う気持ちが、決意に変わる。  僕は、映画のチケットを入れっぱなしにしていた鞄に目を向けた。  週が明ければ六月が始まる。  貰ったチケットの有効期間も終わってしまう。  青葉と僕は、特別な関係ではない。  今は、まだ。  だからこそ。 「若林さん」  勇気を振り絞って声をかける。 「どうしたの、堀米くん?」  彼女はあっさり振り返ると、僕の前に駆け寄って来た。 「いや、あの……本当にお疲れ様。これで、今週末は、ゆっくりできるのかな?」  探るように問いかける。  桐也や八重野達の視線を感じる。  鼓動が逸る。 「うん! 持ち帰りの仕事もないし、本当にこれで終わり!」  『探り』の言葉に肯定が返ってきて。  胸が、痛いほどに跳ねる。  誘う。  青葉を、デートに誘う。  頭の中で繰り返して、僕はゆっくりと口を開いた。 「じゃ、じゃあ……」
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