2話 高度な技術を妄信するな

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「だからね、土日は中学のことに専念するつもりなんだ!」  飛びっきりの笑顔で。  僕が誘い文句を口にする前に、青葉は嬉しそうにそう言った。 「…………うん?」  上手く言葉が出てこず、疑問系で返してしまう。  青葉はハッと口を開けると説明を付け足した。 「って、そう言われても何のことか分からないよね、ごめん。あのね、中学の生徒会に置いていった、会計用のファイルがあるんだけどね」 「うん。表計算ソフトのファイルを置いてきていて、それを後輩がちゃんと使えているか、心配してたよね?」 「覚えててくれたんだ!」  週の頭に受けた相談を思い出しながら口にする。  青葉は嬉しそうに説明を続けた。 「あの後、後輩にメッセージを送ってみたんだ。そしたら『もっと詳しい解説があると嬉しい』って返事が来てね!」  ウキウキと上機嫌で語る青葉。  その様は、大仕事が終わった先程と同じか、それ以上に喜んでいるように見えた。 「ファイルと引継書のデータを送ってもらったから、この土日いっぱい見直すことにしたんだ! 今回の決算で気付いたこともいっぱいあるから、直しがいがあるなぁ!」  あれもこれもと指折り数えながら。  青葉はせかせかと荷物を纏めていく。 「が、頑張ってね……?」  呆然と言葉を返す。  青葉はじっと僕の顔を見つめて、破顔した。 「うん! それもこれも堀米くんがあの時『連絡してみたら?』って言ってくれたお蔭だよ! ありがとう!」 「どういたしまして……」  受け答えが尻すぼみになる。  あの時そんなアドバイスさえしていなければ、という考えが過りかけて(かぶり)を振る。  これだけ彼女が喜んでくれているのだから、間違いだったということはないのだ。 「ということで、すみませんが今日はこのまま帰らせていただきます! お疲れ様でした!」  そして。  彼女はペコリと頭を下げると、風のように去っていった。 「……やっぱり仕事中毒(ワーホリ)じゃねえか」  ボソリと桐也が呟く。  否定する者はいなかった。  あれだけの仕事をこなした後、意気揚々と別件に着手しようとは誰が想像しただろうか。  こんなに好いていても、まだ彼女のことを掴みきれていない。  また一つ青葉のことを知れた歓喜も、デートに誘えなかった落胆には敵わない。  僕はがっくりと肩を落とし、期限切れが確定したチケットから鞄ごと目を背ける。  そしてそのまま長机の上を整頓し始めた。 「堀米くん、今日はもう帰っても良いのよ……?」  八重野に気を遣われる。  向けられた両の眼には憐憫(れんびん)の情が宿っている。 「大丈夫だよ。どの道、決算書類を纏めて職員室に持っていかないといけないし」  溜め息混じりの声で応え、書類を台車上の段ボールに詰めていく。  週明けでも良い作業だったが、今はとにかく気を紛らわしたかった。  淡々と作業しようと決意したものの、周囲の同情の視線が気にかかる。  しばらく荷造りを進めた後、僕は観念して苦笑したのだった。 「そんなに憐れまないでください。いつかリベンジしますし、それに……ちゃんと収穫もありましたから」
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