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「だからね、土日は中学のことに専念するつもりなんだ!」
飛びっきりの笑顔で。
僕が誘い文句を口にする前に、青葉は嬉しそうにそう言った。
「…………うん?」
上手く言葉が出てこず、疑問系で返してしまう。
青葉はハッと口を開けると説明を付け足した。
「って、そう言われても何のことか分からないよね、ごめん。あのね、中学の生徒会に置いていった、会計用のファイルがあるんだけどね」
「うん。表計算ソフトのファイルを置いてきていて、それを後輩がちゃんと使えているか、心配してたよね?」
「覚えててくれたんだ!」
週の頭に受けた相談を思い出しながら口にする。
青葉は嬉しそうに説明を続けた。
「あの後、後輩にメッセージを送ってみたんだ。そしたら『もっと詳しい解説があると嬉しい』って返事が来てね!」
ウキウキと上機嫌で語る青葉。
その様は、大仕事が終わった先程と同じか、それ以上に喜んでいるように見えた。
「ファイルと引継書のデータを送ってもらったから、この土日いっぱい見直すことにしたんだ! 今回の決算で気付いたこともいっぱいあるから、直しがいがあるなぁ!」
あれもこれもと指折り数えながら。
青葉はせかせかと荷物を纏めていく。
「が、頑張ってね……?」
呆然と言葉を返す。
青葉はじっと僕の顔を見つめて、破顔した。
「うん! それもこれも堀米くんがあの時『連絡してみたら?』って言ってくれたお蔭だよ! ありがとう!」
「どういたしまして……」
受け答えが尻すぼみになる。
あの時そんなアドバイスさえしていなければ、という考えが過りかけて頭を振る。
これだけ彼女が喜んでくれているのだから、間違いだったということはないのだ。
「ということで、すみませんが今日はこのまま帰らせていただきます! お疲れ様でした!」
そして。
彼女はペコリと頭を下げると、風のように去っていった。
「……やっぱり仕事中毒じゃねえか」
ボソリと桐也が呟く。
否定する者はいなかった。
あれだけの仕事をこなした後、意気揚々と別件に着手しようとは誰が想像しただろうか。
こんなに好いていても、まだ彼女のことを掴みきれていない。
また一つ青葉のことを知れた歓喜も、デートに誘えなかった落胆には敵わない。
僕はがっくりと肩を落とし、期限切れが確定したチケットから鞄ごと目を背ける。
そしてそのまま長机の上を整頓し始めた。
「堀米くん、今日はもう帰っても良いのよ……?」
八重野に気を遣われる。
向けられた両の眼には憐憫の情が宿っている。
「大丈夫だよ。どの道、決算書類を纏めて職員室に持っていかないといけないし」
溜め息混じりの声で応え、書類を台車上の段ボールに詰めていく。
週明けでも良い作業だったが、今はとにかく気を紛らわしたかった。
淡々と作業しようと決意したものの、周囲の同情の視線が気にかかる。
しばらく荷造りを進めた後、僕は観念して苦笑したのだった。
「そんなに憐れまないでください。いつかリベンジしますし、それに……ちゃんと収穫もありましたから」
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