2話 高度な技術を妄信するな

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「収穫?」 「うん」  八重野に問われ、僕は青葉に貸していたものをポケットから取り出す。  掌サイズのICレコーダーを見て、八重野は顔を顰めた。 「堀米くん。世の中には、やって良いことと悪いことがあるのよ?」 「違う違う。正々堂々と青葉ちゃんの許可を貰って録ったものだから」  真っ先に盗み録りを疑われたことを遺憾に思いつつ、僕は扉近くの壁を指差す。  受付用の机こそ元の位置に戻していたが、壁にはまだ貼り紙が残されていた。 『記録のため録音しています。暴言などはおやめください』  シンプルな注意書きに皆の視線が集まる。  八重野は「あっ」と声を漏らした。 「そういえば最初のうちは、思いどおりにならなくて暴言を吐いていく人が多かったのよね」 「ああ。『いいから承認しろ』と言ってくる者もいたな。段々見かけなくなっていったが……」  陣条は頷くと僕の顔を見た。  僕はにっこり微笑んでICレコーダーを(かざ)した。 「防犯にもなって、青葉ちゃんの声を残せて。一石二鳥だったでしょう?」  僕はレコーダーを丁寧に鞄にしまい込む。  八重野は両腕を抱いて、(さげす)むような視線を向けた。 「職権乱用じゃない! データは消しなさいよ!」 「いやいや、生徒会室にはレコーダーがなかったし。僕が私物のレコーダーを提供したのも、『うっかり』データを消し忘れるのも、仕方のないことだよね?」 「うわっ、柚木くんみたいなこと言って!」  急に名前を出された桐也はムッと眉根を寄せる。 「オレはこんな変態じゃねえ」 「そんなこと言って、どうせ知恵出したのは柚木くんでしょ? 十分変態よ!」 「今回はオレ何もしてねえっつの! こいつが闘いの中で成長してやがるんだ!」  ぎゃあぎゃあ騒ぐ声が部屋中に響く。    業務以外の話でこれだけ盛り上がれるのも、一区切りついたお蔭である。  ならばまた来月にでも、青葉を誘うチャンスはあるはずだ。  そう思えば、モヤモヤした後味も少しだけ和らぐような気がした。    僕は青葉から渡された飴二つを、掌に置いてじっと見つめる。  彼女にとっては何気ないものでも、僕にとっては特別な贈り物だ。  どう保存しようか。楽しく考えを巡らせていると。 「いや、食えよ」  喧騒を抜けた桐也に呆れ顔で突っ込みを入れられる。 「消費できる訳ないだろ、もったいない」  即答する。  と、桐也は僕の手を引いてビシリと指差した。 「ほら見ろ。こいつの方が変態じゃねえか」  桐也の主張により注目を浴びる。  僕は嘆息し、伝家の宝刀『桐也の推し女優』を持ち出した。 「好きな相手からの貰い物だよ? トウヤだって、今『ほずみー』からプレゼントを貰ったら一生大事にするだろ?」  しかし今回、彼は呆れたように半笑いするだけだった。 「いや、食べ物だったら賞味期限内には食うわ。くれた物を食べずに腐らす方が失礼だろ」  ズバッと返された正論に、僕以外の全員が首肯(しゅこう)する。  この場に僕の仲間はいないらしい。 「もちろん腐らせなんてしないよ。確かに、青葉ちゃんから貰ったものを食べて、自分の一部にするのも魅力的だけどさ。いずれ細胞も入れ替わっていくだろう? だったらいつまでも眺められるように、冷凍庫にでも保存したいな」  自論を展開しながら、僕は自室の配線に思いを巡らせた。  たこ足配線になってしまうが、冷凍庫を用意しても良いかもしれない。  とはいえ小型の冷凍庫では長期保存に適したパワーが足りないかもしれない。  などと一人考えていると。  桐也を筆頭に冷ややかな視線を向けられていることに気付く。 「そこは同意できねえわ。ひょいと口に入れれば終わりじゃ……ん?」  一際引いた態度を見せる桐也は、僕の手元に目を向けて不意に言葉を途切らせた。  そしてしばらくまじまじと見つめた後、ニヤリと口角を上げた。 「……ほーん?」 「何?」 「いや?」  意味深な彼の意図は分からず。  僕は首を傾げながら、誰の同意を得ることもできないまま、片付け作業へ戻っていくのだった。
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