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***(side 若林 青葉)***
どうして、このような状況にいるのだろう。
私、若林青葉は、生徒会室にいた数十分前に思いを馳せた。
もう少し可愛い格好をしてくれば良かった。
否。それよりも、いつもの無難な制服風コーディネートで来れば良かった。
まだ明るい空の下。
駅に向かう道を二人並んで歩きながら、私は下ろし立てのワンピースの裾をぎゅっと握った。
「若林さん?」
優しい声で問われ、私は隣を歩く男子生徒に目を向ける。
「な、何でもないよ、堀米くん!」
応える声が裏返る。
堀米は普段どおりの笑顔のまま、動じない。
まるでデートみたいだ、なんて自意識過剰が恥ずかしい。
どうしてこのような状況にいるのだろうと、堂々巡りの思考が、また私の頭を支配したのだった。
+++
遡ること一日前。
決算で忙しかった五月が終わり、六月がやってきた。
中学時代の残務処理も終わり、すっきりした気分の週明け。
「明日、この生徒会の『働き方改革』について、十六時から会議をしたいと思います」
生徒会長の柚木は、今日も今日とて屯する執行部員達を前にそう宣言したのだった。
「三十分で終わらせることを目標にするので、もし他に用事がなければ是非参加してください。急ぎの仕事があれば、できれば今日のうちに相談してもらえると助かります」
そう言って柚木は頭を下げた。
執行部員達は私を含め、面食らいはしたものの、特に異議を申し立てなかった。
言われずとも、大抵の執行部員は朝も昼も夕方も生徒会室に詰めているからである。
「青葉。お前、今抱えている仕事はあるか?」
柚木からの確認に、私は首を横に振った。
「ううん。決算書も、皆さんが金曜日のうちに運んでくださっていたし、会計の仕事は何もないよ。だから今度は皆さんのお手伝いをしようかなぁって」
書記の簿冊整理を手伝う傍ら、答える。
柚木は「よし」と呟いた。
何か大きな頼み事をされるのだろうか。
身構えた私に、柚木は飄々と言葉を発した。
「じゃあ明日の放課後はまるっと空けとけ」
「分かった」
会計の仕事がなくとも、今日も生徒会は忙しい。
どうせ今日も何だかんだと作業をするうちに、完全下校時刻まで過ごしてしまうのだろう。
異論があるはずもなく頷く。
それを見た柚木がニヤリと口の片端を吊り上げた。
この生徒会長は、いつも何か企んでいるような気がする。
「おいサキ、お前もな。変な予定入れんじゃねぇぞ」
不信の目で見るもどこ吹く風の柚木は、通りかかった堀米を雑に呼び止めた。
堀米は少し呆れたような微笑を浮かべる。
「僕に変な予定を入れるとすれば、大体トウヤなんだけどな」
「それはそれ、これはこれだ。返事は?」
「はいはい、分かったよ」
振り回す側と振り回される側であっても、両者のかけ合いはどこか親密だ。
さすが幼馴染。
少し羨ましく思いながら、私は手にした冊子を棚に並べていく。
「八重ちゃん、これは?」
「そうね、じゃあこっちにちょうだい」
何でもない、いつもより少し穏やかな日。
その翌日、ひどい緊張に見舞われることになるとは、この時の私は露ほども考えていなかった。
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