3話 自分を楽させることは後任を楽させること

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+++  かくして迎えた火曜の放課後。 「じゃあこれから『働き方改革』について話し合いを始めます」  欠けることなく集まった執行部員達を前に、柚木は簡潔に宣言した。 「早速ですが、今年度することになっている『仕事』について、皆さん発表してください」  柚木はそう言って私に視線を向ける。  今日会議をするに当たっては、事前に宿題が出されていた。  今自分が把握している『業務予定』について、各執行部員が発表する。  なので内容を簡潔に考えてきてほしい。  そう要請を受けたのが昨日のことだ。 「ええと、私からかな? では発表します。会計の仕事として……」  私はルーズリーフ片手に、つらつらと内容を読み上げた。 「四月から三月まで通年、各活動の部費の処理と、備品管理があります。あと、前年度決算の確認作業が五月末まで。予算要求会が十一月にあるので、その前後が忙しくなります。決定した来年度の予算書を配るのが、年度末です」  一日できちんと纏められたか不安はあるが、引き継いだ内容は大体網羅しているはずだ。  八重野が『月別予定表』と書かれたホワイトボードに、聞き取った内容を書き足していく。 「じゃあ次、書記の仕事を教えてください」 「はい。こういう会議の時の議事録係をやってます。あと、毎月の生徒会報の発行に、ホームページの更新。書類管理は大体書記の仕事です。年度後期は、二月に発行する生徒会誌の編集を主にと聞いています」 「それを二人で回している、と。了解」  ふむふむと頷きながら、柚木は役職のない執行部員を見回した。  机を囲む面々が、時計回りに発表していく。 「僕は体育祭とか文化祭とか、イベント系の実行委員会に参加して、使われる備品の管理とか手配とかを雑多にする係ですね」 「俺は、季節の募金イベントの取り纏めを。普段は、活躍した部活の垂れ幕を作ったり、資料整理を手伝ったりしてます」  順に発表されていく生徒会の仕事。  一つひとつはありきたりでも、これらに雑務が加われば、あっと言う間に生徒一人のキャパシティを超える。  最後まで聞き遂げると、柚木はうんうんと頷いて頭を下げた。 「よし。大体分かりました。ありがとうございました」  『分かった』という柚木の科白(せりふ)に胸が踊る。  彼はどんな『改革』をするのだろう。  どんな効率化を図って、どんな生徒会を描くのだろう。  ワクワクしながら見守っていると、堀米がクリアファイルから藁半紙(わらばんし)を取り出す。  そして各自の机上にそっと広げた。 「えっ」 「あっ」  プリントに記された、予期せぬ内容に驚く。  A4用紙数枚に渡って書かれていたのは、生徒会の一年間の月別予定表。  それも、全員の発言を記したホワイトボードよりも、はるかに詳細なものだった。 「ご覧のとおり、あいさつ運動の実施、ボランティア活動の取り纏め、各種調整など。今、話に上がらなかった仕事も、生徒会では色々やってます」  そう言うと柚木は、私の予想していなかった言葉を口にする。 「今日の議題は『分掌』。誰が、何をするのか。曖昧に何となくやってきたこれを、明確にすることです」  多数の執行部員が「げっ」と口を曲げた。  自分の仕事に自覚と責任を持てということだろうか。  負担感を意識するのは効果的な施策だろう。が、嬉しいことではない。  プリントに目を通しながら、あちこちで「あれもあった」「これも忘れていた」と落胆の声が上がる。  ひととおりのざわめきが止んだところで、柚木は再び口を開いた。 「『名前のない家事』や『名前のない仕事』。こういう『名前のない』シリーズって、自分のことになると、途端にすげえ面倒臭く感じませんか」  だるそうに息を吐き出す彼に誰もが首肯する。  仕事中毒(ワーカホリック)と度々揶揄(やゆ)される私でさえも、コクコクと首を縦に振る。  柚木は大きく頷くと、人差し指を立てた。 「人間は、仕事を面倒臭いと思うと、心の底から、抜本的に、無駄を削減したくなります。効率化するのも良いですけど、その前に、やらなくて良い仕事はやらないことにしましょう」
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