3話 自分を楽させることは後任を楽させること

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「仕事を、減らして良いのか?」  陣条が不安げに尋ねる。  努力を美徳とする風潮の中で、このような提案をすること自体が難しいことを、会長職を経験している彼は知っているのだろう。  柚木は「もちろん」と自信たっぷりに言った。 「減らしましょう。楽しましょう。『自分だけが頑張れば良い』は、後任の首を絞めます」  そして聴衆を見回して、一言。 「自分を楽させることは、後任を楽させることです」  おお、と歓声が上がる。  ニヤリと笑い注目を集める柚木は、口の上手い詐欺師のようにも、救世主(メシア)のようにも見えた。 「問題を先延ばしにして、後任を苦労させるだけの『楽』は禁止です。その代わり、先延ばしにしたいほど悩むことがあれば、必ず誰かに相談してください。という前提を踏まえて、提案があります」  柚木はプリントをビシッと指差す。 「あいさつ運動。これ、本当に要りますか?」  思い切りの良い言葉に、聴衆がざわつく。  朝から校門前に立ち、気持ちの良い挨拶の普及をする。  様々な学校で行われているこの活動は、各地の生徒会の名物ともいえる。  それをいきなりバッサリ切り捨てた、その度胸に驚いていた面々も、次第に疑問を口にしていった。 「確かになあ……運動をなくしたからって、皆が挨拶をしなくなるか?」 「そんなに頻繁にやってた訳じゃないけど、朝早くから学校に行くのも苦痛だしな」  多少の不安はあれど、皆おおむね廃止に賛成のようだった。  柚木はダメ押しをするように半笑いで告げる。 「まあ、いきなりなくしたら、どこにどんな影響が出るか分かりませんからね。三箇月休止してみて、大丈夫そうだったら今期限りで廃止しましょう」 「賛成」 「賛成」  拍手が上がる。  満場一致だった。  一つの議案を通した柚木は、更にホワイトボードを指差した。 「次。生徒会報って、毎月出す必要ありますか?」 「ええっ」  先程よりも更に大きな驚愕の声が上がる。  あいさつ運動以上に手間がかかっている作業は、削減できれば大きな負担軽減になるだろう。反面、影響を受ける人数も多いと予想される。 「ふむ。人事担当としては、この広報を利用することもあるんだがな……」 「ううん。前に職員室から、ここでのデータを使っていると聞いたような気も……」  自称・人事部長の陣条と、書記の八重野が顔を曇らせる。  柚木は少し考えた素振りをすると、二人に質問を返した。 「広報って、今ある他の媒体で代用できませんかね?」 「他に何を廃止するかによるな。確かに、ホームページの紹介で代用できるかも知らん」 「八重、データを使っている教師が誰だか分かるか?」 「ごめんなさい、忘れちゃったわ。何の件で使っているかも……」 「分かった、じゃあこうしよう。生徒会報の六月号は休止。七月号発行までの間に生じた影響を見る実験だ。じゃあ次」  柚木は口八丁で担当を丸め込むと、次々に『休止』を打ち出していく。  見事だ、と心の中で呟き、私は舌を巻いた。  慣習を変えるのは容易いことではない。  私のような頭の固い慎重派や、実際の作業担当が、大きな変化を恐れ『手を付けられるところから』という言葉で妥協するからだ。  柚木は、始めに『仕事の負担を感じさせる』ことで、全員に『仕事を減らしたい』『減らさなければならない』という共通意識を植え付けた。  そして『一定期間休止する』という提案で、これが実験であるという認識を持たせ、改革の敷居を下げた。  上手くいけば年度前半で片を付け、後任の仕事を減らすことができるという希望をも持たせて。  最初に作業そのものの『見える化』を行い、可否を問う。  『作業一つひとつの効率化をするのだろう』という私の漠然とした考えより、はるかに『効率的な』改革案だ。    その後、いくつかの作業の『休止実験』を決定し。  残った作業の分担を、宣言どおり振り分けて。  会議は予告どおり、十六時半に結論に達することができた。 「じゃあ、困ったことがあったらすぐ相談、効率化のアイディアが浮かんだら皆に共有、皆はそれをガッツリ褒め称える、というスタイルでお願いします。以上、解散!」  無言の時間がほぼなくスムーズに進んだ会議は、柚木の宣言と共にあっさりと終了したのだった。
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