3話 自分を楽させることは後任を楽させること

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「うわ、まだ十六時半じゃん!」 「外が明るい! 今月会報の発行がないなら、本当に今日帰れちゃうじゃない!」  執行部員達が次々に窓辺へ群がる。  それもそのはず、『当面の仕事』が突然なくなり、ぽっかりと手が空いた者が多いのだ。  大仕事を終えたかのように、室内が歓喜の賑わいで満たされる。  私は渡されたプリントを上から下まで眺め回し、残りの時間の活用方法を考えていた。  本日、会計の仕事は元々ないに等しい。  書記の仕事を手伝う予定だったが、当の書記の仕事が大幅に減ったばかりだ。  今、何ができるだろうか。 「おい、青葉。それにサキ。お前らはちょっとこっち来いよ」  首を捻った私を、柚木が雑に手招きした。  呼ばれた堀米と私は席を立ち、彼の傍に寄る。 「お前ら、言ったとおり予定は空けておいたんだろうな?」  柚木は私と、隣に立つ堀米を交互に見ながら問う。  半ば忘れていたが、放課後の時間を丸々確保しておくようお達しがあったのだった。  何かまた厄介な頼まれ事があるのだろうか。  堀米と二人、やや身構えながら頷くと、柚木は手をヒラヒラ振った。 「よし。今日は帰れ」 「え?」 「何て?」    堀米と私は、同時に間の抜けた声を出す。  お互い目を合わせていると、柚木は更に、へっと半笑いした。   「聞こえなかったか。帰れっつっただろ」 「会長、どうしたの? 熱でもある?」  追い払うように帰宅を促す柚木に問う。  人並み外れて人使いの荒い彼の言葉を、すぐに信じることができない。  と言いたげな私の態度を読み取ったのだろう。柚木は面倒臭そうに鼻に皺を寄せた。 「ああん? 働かせてくださいってか? 信じられねえ、このワーホリめ。仕方ねえから説明してやる」  柚木は人差し指を掲げ、堀米と私を指差した。 「いいか。副会長と会計、この二つは他の連中に比べて、削減できる仕事にも限度があった。作業をしながら、効率化も頑張らなきゃならねえ。明日から脳みそフル回転でキリキリ働いてもらうためにも、一度休憩を挟む必要がある」     そう言われつつも、柚木の半笑いに、裏があるのではないかと勘繰ってしまう。  何か企みがあるような気がしてならない。  それを見透かしたのか、柚木は呆れたように溜め息を吐いた。 「お前なあ。純然たる好意だろ? ありがたく受け取れよ」 「本当に?」 「失礼な奴め。大体な、お前、これくらい言わないと休まねえだろ? いつも仕事詰め込めるだけ詰め込みやがって。同じことを後任に強いる気か?」 「うっ……」 「ほら、分かったら今日は帰れ」  正論だけに言い返せない。 「どうしても何かしたいなら……」  反省の意を込めて口を噤んでいると、柚木はまたブラブラと手を振った。 「散策でもしてこの学校近辺に早く慣れろ。サキにでも案内してもらえば良いだろ?」  そう言った柚木の半笑いは、気のせいか普段よりも楽しげに見えた。
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