3話 自分を楽させることは後任を楽させること

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+++  まだ明るい空の下。  駅に向かう道を、堀米と二人並んで歩く。  ゆっくり歩いているはずなのに、歩を進めるごとに、心臓がばくばくと暴れるのが分かった。  あの場の雰囲気に飲まれて一緒に下校することになったものの、この状況に対する疑問が頭の中で渦巻いている。  クラスメイトで、同じ生徒会役員。  しかし友人というほどには、まだ親しくない程度の距離感。  教室で、生徒会で、二人になる機会はそこそこあるものの、今下校をしている私達の間柄は何と呼べば良いのだろう。  私は隣を歩く堀米の姿を盗み見た。  涼やかな半袖のワイシャツに、エンジェルブルーの薄手のベスト。  紺の細身のスラックスを合わせた姿は、どこかの学校の制服のようで、大人っぽくも爽やかな彼によく似合っている。  隣を歩いていて変ではないだろうか。  私は急に、自分のファッションが気になって仕方なくなった。  今日は会計の仕事がないと踏んで、着慣れた『制服風コーディネート』ではなく、新しい服を着てきたのだ。  それもティアードの入った、ふんわりとしたアイボリーのワンピース。胸元の黒いリボンとレースがアクセントになっており、買うにも着るにも思い切りの必要な、かなり少女趣味が入った服だった。  よりにもよって冒険をした日にこんなイベントが起こるなど、露ほども考えていなかった。  いつもの無難な服で来れば良かっただろうか。  それとも可愛い服を着てきて正解だっただろうか。  そもそも可愛い服を着たからといって、私自身は少しでも可愛くなったのだろうか。  下ろし立てのワンピースの裾をぎゅっと掴んで、取り留めのないことばかり考えていると。 「若林さん?」  優しい声で問われ、私は隣を歩く堀米に目を向ける。 「な、何でもないよ、堀米くん!」  答える声が裏返る。  彼は普段どおりの笑顔のまま、動じない。  まるでデートみたいだ、なんて自意識過剰が恥ずかしい。  やはり誰かに同行してもらえば良かった、という後悔を振り払うように、私は頭の中で話題を探した。  もうすぐレクリエーション大会があるね。  生徒会はまた忙しくなるのかな。  試験勉強はどうですか。  生徒会との両立、大変だよね。  頭に浮かんだ質問は、どれも堅苦しいものばかりだった。  折角、休息のため寄り道しようというのに、これでは心が休まらない。  やっぱり内面が可愛くない。  自分自身に呆れながら堀米の目を見ると、彼は事もなげに話を振った。 「ところで若林さん、今日の格好は珍しいね」 「へ? かかか、格好!?」  堀米はニコニコ穏やかに話題を出した。  私はというと、懸念していたところを突く言葉に、みっともなく取り乱した。 「あっ、こ、これはね。六月になったし、そろそろ心機一転してみたいなと思って。ほら、うちの学校、お洒落な人が多いから? ちょっとくらい背伸びしても良いかなって思って、思い切って着てきたんだけど……」  どもりながら、私は恐る恐る堀米を見上げた。 「へ、変……かな……?」  格好に対する不安と、変な質問をしてしまっただろうかという新たな気がかりで、顔全体が一気に熱くなる。  堀米はそんな私を笑いはしなかった。  少しだけ息を呑んで、それから安心させるように目を細める。 「そんなことないよ。とても似合ってるし、とても綺麗だと思う」 「きっ……!?」  照れもせずに放たれた言葉が、胸をタコ殴りにする。  可愛い。綺麗。  そういった褒め言葉の類に一切の免疫がない私には、例え社交辞令でも栄養過多だ。 「あ、ありがとう! 堀米くんも爽やかな格好だね!」 「そうかな、ありがとう」  褒め返しをするも、堀米はサラリと返答するだけで余裕の笑みを崩さない。  彼が本気で動揺することなどあるのだろうか。  恥ずかしさと疑念で眉根を寄せていると、堀米はにこやかに自分の目を指差した。 「服ももちろん素敵だと思うけれど。放課後に眼鏡してないの、珍しいなと思って」 「あっ」  彼の言葉に、私は両のこめかみに指を当ててエア眼鏡を上げてしまう。  服装についての言及ではなかったと知り、自分の勘違いを猛烈に恥じた。
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