3話 自分を楽させることは後任を楽させること

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「うん。春に生徒会入りした時は、コンタクトで書類を読むのが難しかったんだけどね。大分慣れてきたから、これからは一日中、眼鏡なしでいようかと思って」  少々口ごもりながら説明する。  元々高校デビューのため脱眼鏡をした。  不本意ながら眼鏡使いを続行していたのは、生徒会で業務に当たるため、それだけだった。  コンタクト生活に統一できたのは良い傾向である。  お洒落で明るい高校生活。  計画から大分逸れてしまったが、ここに来てようやく復活の兆しが見え始めたところだった。 「そうなんだ。眼鏡も似合ってたのに」  内情を知らない堀米はクスリと笑って、片手で眼鏡を上げる仕草を真似た。  自分でさえ全否定している姿を肯定されて、頬の火照りがいよいよ収まらない。 「ほ、堀米くんは、眼鏡派なの?」  話の対象を逸らそうと、聞いた瞬間に後悔が押し寄せる。  これでは、自分の容姿について好みを問うているようなものではないか。 「特別に眼鏡派という訳ではないよ。コンタクトの若林さんも、大人っぽくて素敵だと思う」  とどめのように堀米が目を細める。 「…………ありがとう……」  直視できなくなって、私は小声で礼を言う。  何を食べて生活していたら、こうやって息をするように褒め言葉が出てくるのだろうか。  同級生ながら末恐ろしい。  とっくにノックアウト状態だったが、恐ろしいことに駅までの道のりはまだ半ば。  梅雨間の暑さにも負けないほど、顔が熱くて仕方なかった。 「えっと……この時間だと、人通りが多いね?」  誤魔化すように通学路を見渡す。  住宅街を貫く道路を、夏制服の中学生達が駆け抜けていく。  お喋りに興じながら、私服の高校生がそれを見守っている。  生徒会入り以来毎日遅い下校だったため忘れていたが、入学当初はこの活気に驚いたものだ。  しみじみと思い出しながら、私は堀米に話を振った。 「今一緒に下校してるの、うちの山茶花(さざんか)高校と、隣の白練冬花(しろねりとうか)中の子達だよね」 「そうだね」 「二つとも、同じ系列の私立だったよね、確か」  情報を思い出しながら、私は通りに広がる学生達を見渡した。  中学生達は活発ながらも、清潔感のある制服を着ており、品の良さを感じさせる。  対し、山茶花高生はめいめいに好きな格好をしており、統一感の欠片もない。  体操着でそのまま帰る者。  日傘を差したロリータファッションの優雅な集団。  カラコロと下駄を鳴らす浴衣の者までいる。  予備知識がなければ、同じ高校の生徒だと判別できなかっただろう。  公序良俗に反しない範囲でフリーダムな彼らを見て、私は憧憬の溜め息を吐いた。 「今同じ制服を着ている冬花中の子達が、こんなに個性豊かになるなんて、何だか信じられないなあ」 「よく言われるよ」  同系列ということもあり、白練冬花中学校から山茶花高校に進学する者は少なくない。  隣にいる堀米も、会長の柚木や書記の八重野も、同中学の出身だ。  素直な感想を漏らすと、堀米はふふっと笑った。 「まあ、良家の跡取りとか、バリバリの教育家庭の子とか、とにかく『うちの子を山茶花高校に入れるなんてとんでもない!』ってところは、同じ系列の別の高校に行くからね」 「そうなの?」 「うん。だから山茶花にはますます変人ばかり集まるんだ。濃縮するみたいにね」 「ふふっ、特濃だね」 「うん。なのに、あっちの高校からは勝手にライバル視されてるんだ。町で白ブレザーや芥子(からし)色ネクタイの学生を見かけたら、因縁をつけられないように気を付けてね」 「あははっ!」  堀米の話に吹き出す。  『奇人変人が集まる高校』として名高い山茶花高校の噂は、電車で一時間離れた私の地元でもたまに耳にすることがあった。  入学以来、想像以上の自由さに、憧れることも、劣等感を覚えることも、困らされることもあったが、何だかんだ言ってこの校風に愛着を持ちつつある。  周辺の中学校や高校との関係は、私の地元とは違うこの町独自のもの。  知る度に(くすぐ)ったくも嬉しくなるのは、自分が山茶花高生だという自覚が芽生えつつあればこそだ。 「まあ、自主自立精神の強すぎる高校だから、その分生徒会が苦労するんだけどね。本当にごめんね、巻き込んでしまって」 「あはは、良いよ、もう。何だかんだで楽しいから!」  手を合わせる堀米に、笑いながら返す言葉は紛れもなく本心だ。  恐らくこのような会話によってガス抜きすることを、会長は求めていたのだろう。  話題を変えれば会話が弾み、気分は爽快だった。
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