3話 自分を楽させることは後任を楽させること

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 そんな余裕が続いたのも、駅前に着き、堀米からウィンドウショッピングに誘われるまでだった。  折角だから。  という言葉に絆され、駅ビルに入ったところから再び風向きが変わったのだ。 「あの服なんかも、若林さんに似合いそうだね」 「!?」  堀米が入口のマネキンを指し、いきなり褒め殺しを再開する。    彼が示した見本は、ニュアンスカラーで統一された、花柄ながら甘すぎないワンピースだった。  白く大きなリボンを巻いた麦わら帽子を合わせたコーディネートは、何とも夏らしい。  うずうずと乙女心を擽られる組合せだったが、問題はそこではない。  見るからに可愛い格好を勧められたことで、私の心臓は再び早鐘を打ち始めた。 「あああ、ありがとう。ええと、堀米くんには……」  何か褒め返しをしようとフロアを見回すも、男性を模したマネキンは見当たらない。  メンズファッションの売り場面積は、レディースファッションの売り場に比べて、なぜ極端に狭いのだろうか。  そんな理不尽な憤りを心に抱いている間も、堀米の会心の連撃は止まらない。 「若林さんは、綺麗な服も可愛い服も合いそうだよね」 「えっ!?」  黒レースのカットソーを着たマネキンと、パステルカラーのロリータ服を着たマネキンを見比べて、堀米が褒める。 「うちの高校、たまにスーツを着ている人もいるよね。若林さんが着たら、バリキャリ風で格好いいだろうな」 「っ!?」  紳士服屋の前を通りかかった時に、さりげなく褒める。 「若林さん、丸眼鏡とか黒縁眼鏡とかも似合うのかな? 見てみたいな」 「っっ!?!?」  挙げ句の果てに、眼鏡屋の前にも立ち止まって、褒める。  普段の彼より少し弾んだ口調で褒められ続けるまま、成すすべがない。 「あ、ほら、あのお店とか──」 「ほほほ、堀米くん!」  私は彼の袖を掴んで慌てて制止した。  彼は目を丸くして、真っ赤になっているだろう私の顔を見つめる。 「ほ、褒めすぎだよ! あ、あんまり褒めないで!!」  大きめの声で懇願すると、堀米はハッとしたように眉尻を下げた。 「ごめん、つい調子に乗っちゃったよね。不愉快だったら申し訳な──」  堀米はしゅんとして一人反省を始める。  私は更に慌てて弁明した。 「ち、違うの! 不愉快とかじゃなくてね? あの、寧ろ嬉しかったんだけどね?」 「本当?」 「うん……でも……」  少し明るさの戻った堀米の顔を見て、私は紅潮しきった顔を伏せた。 「あの……褒め殺されそうなので……そろそろ勘弁してください……」  素直に降参を示す。  完敗である。  これが続けば、私の心臓は完膚なきまでに叩きのめされてしまう。 「不快でなかったなら良かった。ごめんね」  堀米は少し眉を下げたまま微笑した。 「楽しくて、つい喋りすぎちゃったみたいだ」  彼が謝る必要などどこにもないだけに、申し訳なさそうな口調が胸に刺さる。  さりとて彼の褒め言葉をこれ以上受け止められない私は、強引に話を逸らした。 「ほ、堀米くんは、ウィンドウショッピングとか、好きなの?」  話題の要を、自分から、ショーウィンドウの品物へ。  誤魔化しに気付いてか気付かずか、堀米は柔らかい声で答えた。 「好きというか、兄妹の荷物持ちでよく連れてこられるよ」 「なるほど!」  彼の言葉で、幸いにも合点がいく。  堀米は、女性連れでのウィンドウショッピングに慣れているのだ。  当然ながら、相手の女性の扱いも。  それが妹だったとしても。  私は内心ガッツポーズを取った。  彼を知り己を知れば百戦(あやう)からず。  褒め殺しの理由さえ分かれば、恐るるに足らずであろう。多分。 「ごめんね堀米くん、変な態度取って。色々お店を紹介してくれてありがとう!」  私は礼を言うと、なるべく自然さを装って、掴んでいた彼の袖から手を離した。  少し寂しく思う気持ちを隅に追いやって、過去自分が受けた言葉を思い出す。 『若林会長って、仕事中毒で可愛くないよな』 『姉ちゃん、『私はキラキラの女子高生になったの!』じゃなかったの? 全く去年と変わってないじゃん』  そう、私はまだ『可愛い女子』になる途中なのだ。  甘く優しい言葉をそのまま真に受けて、勘違いして、立ち止まってはいけないのだ。 「若林さん?」  心配げな声をかけられ、我に返る。  折角堀米が時間を割いて、地元を案内してくれているのだ。  『優しい言葉』に酔わないよう気を付けながら、ここは彼の好意に甘えよう。
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