3話 自分を楽させることは後任を楽させること

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「地元ではこんなにたくさん服を見られないから、楽しかったよ。ありがとう。白練は本当に都会だね」 「隣県ほどじゃないけどね。若林さんがここを気に入ってくれたなら、すごく嬉しいよ」  堀米は『案内人』として優美な笑みを浮かべた。  見惚れそうになりながら、私は「そうだ」と提案した。 「もし良ければ、堀米くんの行きたいところに行ってみたいな」 「僕の行きたいところ?」  疑問系の言葉に、頷きで返す。  折角甘えられるなら様々なことが知りたい。  ここ白練市の特色だけではなく、堀米についても。  堀米はきょとんとしていたが、やがてふふ、と柔らかく笑んだ。 「じゃあ一箇所、僕の行きたいところに付き合ってもらっても良いかな?」 「うん、是非!」  どこかミステリアスな同級生。  その興味の向く先を知ってみたい。  私は彼の先導に従い、駅ビルの階を上っていった。  そして予想外な目的地に驚くこととなる。 「えっ」  彼が案内したのは、髪飾りなどを扱うファンシーショップだった。 「ここ?」 「うん」  にこやかに肯定する堀米。  雑貨を並べたポップな店は、主に学校帰りの女子中高生で賑わっている。  先程話題に上がった、芥子色のネクタイを締めた女子高生もチラホラ散見された。  落ち着いた雰囲気の彼からは、一見想像できない店を選んだことに、あれこれと想像を巡らせてしまう。 「髪飾り、堀米くんがつけるの?」 「ううん」  堀米は静かに首を横に振る。  山茶花高校では、性別問わずファンシーな装飾を好む者も珍しくない。  だが、シンプルな服装を好む堀米自身が身に付けるためのものではないらしい。  となると、答えは限られてくる。  私は恐る恐る尋ねかける。 「じゃあ、贈り物? 妹さんとか……こ、恋人さんとか?」  返事はすぐに返って来ると思っていた。  ところが彼は、少し切なそうに曖昧に微笑んだ。  答えあぐねているような反応に、どくんと胸が脈打つ。  生徒会があまりにも忙しいため、漠然と『堀米には恋人がいないのだろう』と考えていた。  だがよく考えてみれば、大人っぽい彼がモテないはずがないのだ。  胸が痛いのは、多量の業務に共に向き合う戦友のような存在を、遠くに感じるからだろうか。  悶々と考えていた私は、知らず渋い顔をしていたのだろう。  堀米が少し慌てたように否定した。 「ごめん、変な間を作っちゃって。恋人なんていないよ」 「そうなんだ?」 「うん。いない。全くいないからね」 「……そっかあ」  言葉を重ねる堀米に、私は少しほっとしてしまった。  彼のプライベートに踏み込むのも、それで寂しがるのも、勝手で傲慢だ。  今の二人きりの時間が、もう少し続いてほしいと願うのも。  きっと今日があんまり爽やかで楽しい日だから、そう思ってしまうのだ。 「ここに来たのはね」  堀米が、私と目を合わせて離さないまま語りかける。 「若林さん、いつも髪を留めているから。似合う髪飾りを見てみたかったんだ」    そう言うと、堀米は少し視線を逸らして頬を掻いた。  彼には珍しい少し照れた様子に釣られて、顔が一気に熱を持つ。 「わ、私に?」  「うん」  即答が返ってくる。  耐えきれなくなって、私は顔を堀米と正反対の方向に逸らした。  優しいから。  ショッピング慣れしているから。  彼の行動の意味を、向きを、先程きちんと捉えたはずなのに、それを否定する声が頭にガンガン響く。  堀米が、私のことを気にかけてくれたから。  私を見ていてくれたから。  それは違うと否定する、意地と照れが追い付かない。  勘違いだとしても、このまま浸っていたくなってしまう。 「と、取り敢えず、中に入ろっか」 「うん、付き合ってくれてありがとうね」  どもる声で入店を促す。  そしてどこかぎこちない様子で、堀米と私は店に入っていった。
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