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「お断りします!!」
私は、きっぱり拒絶を示した。
ここ半月ふんわりまったり暮らしてきたことを感じさせない、可愛げのない鋭く大きな声が出た。
ここで仏心を出してはいけない。
自分の信念を曲げるな。
関わるな。
自分に言い聞かせながら相手を見据える。
と、陣条は途端に眉尻を下げ、しゅんとした。
「そう言わず、話だけでも聞いてくれないか……?」
弱気な声で問われ、怯む。
捨てられた仔犬のような視線に耐えられず、目を背ける。
「……話、だけでしたら」
思わずそう返事をしてから、しまったと気付く。
計画なき無闇な譲歩は、交渉においては悪手だ。
分かっていながら実行できない自分の不甲斐なさに憤りつつ、私は渋々姿勢を正した。
陣条はピンと背筋を伸ばして着座し、事情を語り始めた。
「今年は、優秀と名高かった中学の生徒会長と副会長が、揃ってうちの高校に入学してな。俺は二人を誘って選挙に出させ、今期の会長と副会長になってもらったのだ」
私は、入学の一週間後に行われた生徒会選挙を思い出す。
名前も顔も知らぬ会長候補。
副会長に立候補した、まだよく知らないクラスメイトの堀米正樹。
他に対抗馬もなく、あっさり信任投票で当選した二人の一年生。
元々生徒会経験者だったとは、今この場で初めて知った。
この人事部長、情報収集能力にかけては中々優秀なのかもしれない。
心の中で感心していると。
陣条はそれを打ち消すように、深い深い溜め息を吐いた。
「はあ…………。とんでもない誤算であった。副会長はともかく、会長があんなにも怠け者の馬鹿者だったなんて」
「えっ?」
脈絡のないマイナスの情報を、上手く呑み込めず、私は疑問符で返答する。
「まあ、壁を見てみてくれ」
陣条は曇った顔で、室内をぐるりと指し示した。
簿冊がぎゅうぎゅうに押し込まれた書棚。
壁に沿うよう並べられた学校机と、その上に乱雑に積まれた書類の山。
それだけ見ればただの生徒会室に思える。
が、問題なのは装飾の異質さだった。
壁という壁に、カラーのポスターが貼られている。
豊かな黒髪を風に靡かせる少女。
白いワンピースの少女。
ブーツを履いた袴姿の少女。
まだ慣れないコンタクトレンズ越しに、私はポスターを見比べる。
よく見ると、それらは全て同じ人物のポスターだった。
長年流行に疎かった私でも知っている。
ドラマやCMに引っ張りだこ。今放送している朝の連続ドラマ劇場で主演を務める、若き清純派女優。
「朝ドラ女優の、立花、瑞穂さん……?」
私が答えを口にすると、陣条は大きく頷いて肯定した。
「就任以来、新しい会長がしたことといえば、私物のポスターでこの部屋を飾り付けたことくらいなのだ」
「ええっ!?」
私は、驚愕を思い切り声で表す。
無能なんてものではない。
彼は──何のために会長になったというのか。
沸々と。
平静を保とうとしていた心の奥底で、何かが沸き立つ。
「とにかくそんな状態なもので、困ったことが二つあってな」
陣条は心底困った顔で、再び溜め息を垂れ流した。
「一つは、学年合宿の取り纏めが進まないこと。もう一つは……」
そして。
神妙な顔をした彼の、続く言葉に。
私の心は大きく揺さぶられる。
「指名された会計がいたんだが、こんな状況だからな。多忙さに絶望して、生徒会を辞めてしまって……今、会計業務をできる生徒が、いないのだよ」
「そんな……っ」
私が言葉を詰まらせると同時に、室内を静寂が支配する。
働かない生徒会長。
いなくなった役持ちの生徒。
それでも容赦なく降り積もる、書類の山。
──絶望。
静かな怒りの感情が。
私の中で、ぐらぐらと音を立てて煮える。
「……そんな中、もう一人だけ一年生に、生徒会経験者がいることを突き止めたんだ」
ハッとして、陣条を見る。
彼は真っ直ぐ私の目を見た後、自嘲気味に笑って俯いた。
「もっとも今、話をする前に断られてしまったのだがな……」
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