3話 自分を楽させることは後任を楽させること

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「若林さん、いつも細い髪留めをしてるよね。そういうのが好きなのかい?」 「や、これは、特にこだわりとかなくってね……その、お洒落目的じゃないから……」  堀米は本当によく人のことを見ている。  私の普段使いのピンまで把握しているとは、と感嘆してしまう。  私が生徒会で前髪を留めているのは、お洒落のためではない。  寧ろ、作業効率のために広い額(コンプレックス)を晒す、恥じらいを捨てた行いだった。 「そうなの? 下ろしてるのも綺麗だけど、前髪を上げてるのも元気そうで可愛いのに」  それなのに、堀米はそれすらも包み込むようにフォローする。  動いている心臓にマッサージをかけられているかのように、胸が強く強く跳ね続ける。    言葉を発せない私を尻目に、堀米は陳列された髪飾りを楽しそうに眺めている。 「若林さんは、どういうのが好みなのかな? 中々こういうお店に入る機会はないのだけど、どれも綺麗だね」 「そ、そうだね……」  やっとそれだけを返すと、私も話題を繋げるため、ようやく陳列棚に目を向けた。  真珠のような光沢を持つ、淡緑の石を並べたバレッタ。  透明な樹脂に濃い紅色や藍色を流し込んだ、大人びたクリップ。  透かし細工の美しい、(かんざし)のような髪飾りは、マジェステというらしい。  スカーフのように広がる、目を引く柄のヘアターバン。  ふわふわ愛らしいシュシュに、大きいながらもシックな紺のリボン。  服装から勉強中の私は『髪飾りはお洒落上級者のもの』と思い、手を出していなかった。  だが、これらを一つでも身につけていれば、それだけで印象はかなり変わるだろう。恐らく同じTシャツ姿でも垢抜けて見えるほどに。  見惚れていると、堀米が棚から髪留めを手に取った。  そして私の頭に翳して、にっこりと微笑む。 「堀米くん?」 「うん。どれも似合いそうだけど、こんな飾りも綺麗かなと思って」  そう言って堀米は、手にしたものを私に渡した。  一つは、パール風の飾りが付いた、細身の淡い金色のピン。  もう一つは、落ち着いたオレンジ、グリーン、パープルのビーズが付いた、濃い金色のクラシカルな雰囲気のピン。  どちらも豪奢すぎず落ち着いていて、かつ目を引くデザインだ。  試しに鏡の前で翳すと、チョコレートブラウンに染めた自分の髪にしっくりと馴染んだ。  それを見た瞬間、私は驚くほど二つの髪飾りが気に入った。  堀米の趣味の良さに感嘆しながら、私はほぉと息を吐いた。 「堀米くん、さすがセンス良いなあ。普段使いに買っちゃおうかな」 「気に入ってくれて良かった。綺麗な髪に合ってると思う」  堀米はまたもさらりと褒める。  そして動揺している私の手から、髪留めを自然に取り上げると、そのままスタスタとレジの方へ歩き出した。 「えっ、ちょ、堀米くん!?」  突然の行動に驚き、慌てて私は彼を追う。  そしてレジ店員に品物を渡し、財布を取り出した堀米の手を止めた。 「な、な、な、何してるの!?」 「何って……気に入ってくれたんだよね?」  堀米はきょとんとした顔のまま、支払いを進めようとする。 「でも、貰いたいとか、そんなつもりで言ったんじゃ……!」  気遣いの塊の堀米に、必死で弁明する。  ねだったように聞こえたのならとんでもない。  彼は、困った顔をして、一言。 「……駄目?」  普段はさらりさらりと人を説得する堀米だったが、今回は珍しく一言で問うた。  押し通すような強さに、心臓がバクバク言って止まらない。 「駄、目!!」  が。  私は彼以上に強い口調で制止する。  そして財布を取り出して、瞬時に店員に代金を渡した。  こういうところが強情で可愛くないのだろう。  ただただ、そう思った。
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