3話 自分を楽させることは後任を楽させること

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「そ、そうだね」  質問を受けた堀米は、いつものように完璧な微笑みを見せはしなかった。  珍しく歯切れが悪く、視線を泳がせている。  まさか。  閃いた私は、堀米を見上げて問うた。 「もしかして堀米くん、今日も自転車で来たの!?」 「……うん」  バツが悪そうに、堀米は視線を背ける。  私は、ただポカンと口を開けたまま、二の句を継げずにいた。  自転車で通学し、駅まで歩いてきたとなれば、彼の自転車はまだ高校に残されたままに違いない。  私は慌てて堀米の後ろに周り、彼の背を押した。 「ごめん! 自転車(チャリ)通だって知ってたら無理に誘わなかったのに! 取りに戻らなきゃ!」 「だ、大丈夫だよ。歩きたいなと思ってたら、忘れてきちゃったんだ。だから気にしないで」  振り返った堀米が、背を押していた私の両手を掴んで困った顔をする。  焦った口調からは、嘘か真か判断するのが難しい。 「ほら、電車が来るんでしょう? 若林さんこそ行かなきゃ」 「あっ、うん、そうだね」  誤魔化すように急かされて時計を見る。  急行が来るまで、そこまで余裕がある訳ではなかった。 「ありがとう、楽しかったよ!」 「僕もだよ。またね」  双方ぎくしゃくした態度で別れを告げる。  流れでその場で解散となり、私は早足で改札へと歩を進めた。  頭の中を、ぐるぐるとおかしな思考が巡る。  毎日自転車で通学している人が、その存在を忘れることがあるだろうか。  疲れ切った業務後ならともかく、余裕のある今日のような日に限って。  堀米が自転車を置いてきたのは、偶然だろうか。  だとすれば、あれほど動揺することがあるだろうか。  もしかすると、彼はわざと── 「い、いやいやいや。き、きっと、疲れてたんだよね、うん……!」  確証のない妄想を掻き消すように、私は頭をわしゃわしゃ乱した。  もしわざとだとしたら、その理由まで考えなければいけないから。  優しいから。と結論付けるには、あまりにも度が過ぎている気がしてしまうから。  生徒会室を出てからあれほど動揺し通しだったのに、今が一番、心臓の音がうるさい。  全身がかっかと火照り、鼓動が口から飛び出てしまいそうだった。 「し、心臓に悪い……」  果たしてこれは休息になったのだろうか。  大きな惑いを誤魔化すように、私は小さな疑問を口にして、定期入れを手に取ったのだった。 〈了〉 ****** 【今回の教訓】  業務一つひとつの効率化をする前に、まず仕事の要否を見直すと吉。  ただし、効率化を試した結果、より効率的な手段が見付かる場合も、業務が不要になる場合もある。それは責めるべからず、褒めるべし。  自分を楽させる工夫は、後任を楽させる。頑張らないために知恵を絞ろう。
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