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***(side 堀米 正樹)***
六月も第一週の終わりを迎え、昼休みの校内は何やら賑わいを見せている。
体育館横でバレーボールを上げ、パスの練習をしている生徒達。
百人一首の戦略を練りながら、廊下を歩いて行く集団。
どこか浮き立つ校舎とは対照的に、生徒会室は静かだった。
嫌な静けさではない。
多忙さが多少緩和された成果である。
昼休みに来る生徒も三分の一程度減った。
残った面々が落ち着いて書類を捲る音が心地好い。
僕、堀米正樹は、会長の桐也が読み散らかした簿冊をしまいながら生徒会室を見渡した。
大量の書類と、壁にこれでもかと貼られた今期朝ドラ女優『立花瑞穂』のポスターだけが異様だが、いたって平和な光景だ。
それには掲げたばかりの『働き方改革』の影響だけではない、れっきとした理由がある。
「もうすぐレク大だから、もっと忙しくなるんだと思ってたわ」
書記の八重野の呟きに、僕達一年生が同調する。
「まあ大きい行事には専門の『実行委員会』があるからな。生徒会は意外とこんなものだ」
先輩が余裕そうに笑んだ。
レクリエーション大会。略称・レク大。
他校でいうところの球技大会に、将棋や囲碁など様々な競技を混ぜ込んだ一大行事である。
文化祭と並ぶほどの大イベントを月末に控えつつも、生徒会の忙しさはあまり変わらない。
なぜなら、レク大実行委員会が行事を取り仕切っており、生徒会からは一部が手伝いに駆り出される程度だからだ。
「まあ実行委員は大変そうだけどね。今日も会合があるんだよ」
苦笑するのは、行事関係の庶務担当の先輩だった。
眉根を寄せた彼の横で、手を挙げる者が一人。
「先輩。それなんですけれど、私も参加して良いですか?」
はつらつとした声の主に、僕は目を向けた。
コンタクトレンズをつけた意志の強そうな瞳に、チョコレート色の下ろした髪。
頬が緩む。
僕が想いを寄せる青葉は、今日も元気そうだ。
「良いけど、どうしたの? 会計関連の業務はないと思うよ」
「そうなんですけれど、クラスの実行委員の子に『ついてきてほしい』ってお願いされちゃって。生徒会の業務が落ち着いているので……駄目でしょうか?」
「いや、人数が増える分には歓迎だけど……」
僕は話に耳を澄ましながら、徐々に会話する二人との距離を詰めていく。
どうやらお人好しな彼女は、級友に助力を請われたらしかった。
「若林さん、無理はしないでね」
近付いて、一言声をかける。
と。
「! っ、う、うんっ! で、ではお疲れ様でした!」
彼女はぎこちなく返事をし、さっと後ろに飛び退き、そのまま部屋を出て行ってしまった。
ぽつんと残された僕に、八重野がボソリと突っ込みを入れる。
「何、堀米くん。この前デートしてきて、青葉ちゃんとやっと距離を詰められたんじゃなかったの?」
訝しむ視線に、僕は曖昧に微笑んで返した。
「それがなんか、最近避けられちゃってる気がするんだよね」
数日前にお膳立てされたデートは、とても楽しいものだった。
ただ、全く失態がないといえば嘘だった。
「距離、詰めすぎたかもしれない。それか詰め方を間違えたかもしれないな」
「はあ!?」
ボソリと零すと八重野の眉が吊り上がる。
そして僕は、少女漫画マスターの八重野にこれ以上ないほど喝を入れられたのだった。
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