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***(side 若林 青葉)***
「うう……昼間は堀米くんに嫌な態度取っちゃったなあ……」
放課後の教室。
私、若林青葉は、昼休みの出来事を回想しながら火照る頬を押さえた。
一緒に駅ビルを見て回って以来、堀米の顔を見る度に胸が跳ねて緊張してしまう。堀米はいつもどおり余裕ある態度なのに、いちいちドギマギしている私のみっともなさといったらない。
主張の強い鼓動が、彼に聞こえることのないように。
反射的に距離を置いては後悔することを繰り返していた。
頬に当てた指の先が、耳上に挿した髪留めに触れる。
あの時堀米に「似合う」と言われて買ったピンを、私は現金なことに毎日使っている。前髪を上げる必要のない日にも。
思い出の楽しさに嘘はない。
けれど今堀米と顔を合わせると、緊張が勝ってしまう。
教室で、生徒会室で、顔を合わせる度葛藤している私にとって、級友からのSOSは渡りに船だった。
「ごめんね青葉っち、生徒会で忙しいのに!」
級友・橋爪が、拝むようにパンと手を合わせる。
私は微笑んで彼女を宥めた。
「気にしないで、づめりん。レク大の実行委員会ってそんなに大変なんだねえ」
「ううう……」
明るい性格の橋爪が、珍しくも目を潤ませる。
加えてファッションも今日は大人しい。薄ピンクのジェルネイル、白シャツにスカートに黒髪と、全体的に清楚でシンプルだ。普段の彼女は派手好きなので正反対といって良い。
それだけ実行委員会は規律が厳しいのだろうか。
疑問符を浮かべながらも、沈痛な面持ちの彼女と連れ立ち会場の空き教室へ向かう。
つい最近までの生徒会のように、レク大実行委員会も多忙なのだろうか。
そうだとしても、やけに委縮した様子の橋爪に疑問を覚える。
私は一応自分を見下ろし、襟を正した。
「あっ」
そして目的地に到着した時。
私は、橋爪が服装を正した一因であろうものを察した。
同じ制服を着た集団が、部屋の中で待ち構えている。
清潔な半袖のワイシャツに、芥子色のネクタイ。
上品なチェックのスカートを穿いた女子生徒に、同じ柄のスラックスの男子生徒。
どの来客も姿勢正しく、その場の空気までピンと張り詰めているように感じる。
彼らの格好には見覚えがある。
先日、堀米と寄り道した時にも見かけた制服だった。
確かここ、山茶花高校と同系列の別の私立校──白練水仙高校のものだ。
数日前堀米に聞いた言葉が蘇る。
──まあ、良家の跡取りとか、バリバリの教育家庭の子とか、とにかく『うちの子を山茶花高校に入れるなんてとんでもない!』ってところは、同じ系列の別の高校に行くからね。
──あっちの高校からは勝手にライバル視されてるんだ。町で白ブレザーや芥子色ネクタイの学生を見かけたら、因縁をつけられないように気を付けてね。
私はコクリと唾を呑み込んだ。
穏やかならぬ関係と聞く高校の生徒が、なぜここにいるのだろうか。
疑問に思いつつも、部外者の私は軽く会釈するにとどめ、橋爪と隣り合う末席に座した。
それなりの人数がいるにも関わらず、室内は不自然なほど静まりかえっていた。
気のせいか相手校の生徒達から、睨むような視線を感じる。
居心地の悪い沈黙を数分味わった後、揃った人員を確認して実行委員会は始まった。
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