4話 忙しい時こそ計画的に

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 その後も、両校の宣誓や、審判役の生徒の配置などを決める話し合いが続いたが、水仙高生は事あるごとにいちゃもんをつけてきた。  説明不足だ。  これでは回らない。  話にならない。  相手からの要求が膨らむたび、山茶花高生のフラストレーションが溜まっていくのが肌で感じられた。  そして。 「ではまた来週打合せに来ますが、白練水仙(うち)はここと、ここと、ここに、まだ納得いっておりませんので。うちの生徒にも説明しなければならないんですから、次回までにそれなりの資料を用意しておいてくださいね」  高圧的な物言いと共に水仙高生達が退室していった直後。  私達は深く溜め息を吐き出し、机に突っ伏したのだった。  一気に緩んだ空気の中、相手をやり込めた司会の生徒が口を開いた。 「えー……皆さん、大変お疲れ様でした」 「この前委員長が話していたとおり、とんでもない曲者ですね……」  橋爪が苦笑しながら返す。  司会こと委員長──そう呼ばれたからにはレク大実行委員長だろう──は、はは、と乾いた笑い声を上げた。  私は隣の橋爪にこっそり問う。 「どういうこと?」 「前回の委員会でね、『次は『あの』白練水仙高校との打合せだから、多少嫌なことを言われるかもしれない。できるだけ大人しい格好で来た方が身のためだ』ってお達しがあったんだ。もう、想像以上にぎゃんぎゃん言われたし、いつもと違うファッションで調子出ないし、最悪だよー」  橋爪は小声で返しながら、目の下に手を当てて泣くジェスチャーをした。  なるほど私が同席を頼まれたのも納得だ。  教室では明るく柔和にを心がけているのだが、先日の決算の影響か、方々で不名誉にも『堅物会計』と囁かれているらしい。  今回はそれをプラスに捉え、援軍として呼んでくれたのだろう。  とはいえ部外者の私が露骨な敵対心に報いることはできず。  別の生徒が挙手して尋ねる。 「先輩。なんで水仙の人達は、僕達をあんなに目の敵にしてるんですか? 同じ系列の高校ですよね?」  問いに対して諦観の息を吐き、実行委員長が解説を始めた。 「山茶花高校(うち)と白練水仙高校は、元は『白練冬花高校』という一つの高校だったんだよ」 「え?」  初耳の情報に驚く。  続く話に耳を澄ませる。 「当時から生徒達は両極端だったらしいんだ。自由を謳歌しながら自力で進みたい派と、勉強漬けでストイックな学生生活を送りたい派と」  うんうんと同調しているのは、恐らく白練冬花中の出身者達だ。  中学はまだ一つの学校に纏まっているため、似たような状況に置かれているのかもしれない。 「一緒の校舎にいることで当然衝突があった。それにストイック派の保護者からの、自由派の評判はすごく悪かったらしくてね。『うちの子が勉強に集中できないじゃない!』って。だから人数の多さもあって、学校を分けることにしたらしいんだ」  私は「なるほど」と合点した。  しかし両校の溝の最たる原因が別にあることを、私は次の言葉で知ることになる。 「で、無事二つの高校に分かれて、それぞれに合った教育方針の元、数十年も運営されてきた訳だけど……」  困ったように笑みながら、実行委員長が補足する。 「『これで勉強に専念できる!』って意気揚々と独立したあっちの高校だったんだけど。勉強合宿とかで詰め込みをしている割に、難関大合格者数も偏差値も、なぜかいつも山茶花(うち)に敵わないんだよね」 「へ?」 「そうそう。おまけにうちの高校、部活にも力を入れてるから、大会で当たると大体うちが勝っちゃうし」  別の委員が更に情報を足す。  板書していた生徒が、とどめを刺すように呆れ声で話を継いだ。 「……とまぁそんなものだから、水仙高(あっち)はうちのことをバチバチにライバル視してて『打倒・山茶花高校』が合言葉みたいなんだけどね。うちの高校は、もっとレベルの高い県外の進学校なんかをライバルだと思ってるから……」  数人の乾いた笑いが室内に響く。  確かに数箇月この高校で過ごしてみたが、『打倒・白練水仙高校』なんて標語を見かけたことはなかった。  両校間にはかなりの温度差があるようだ。  平和に交流し和やかに行事を終えるなど、無理ではないのか。  そんな思いが一同の顔に滲んでいた。
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