4話 忙しい時こそ計画的に

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「レク大は今月末。それまでに準備を進めないといけないのに、余計な仕事を増やしてくれて……」  実行委員長が渋面を作る。  板書係が、先刻の話し合いで増えた業務を指折り数えていく。 「日程表とルール説明書を急かされたから、締切を早めないといけなくなりましたね。あと先方での説明用に、競技決定のプロセスを纏めたもの。審判のリハーサルを一回増やしてほしいとも……」 「最初は徒歩で来るという話だったのに、バスで行くって言われるなんて……。おまけにうちの方でもバスを手配してほしいとか。今日いきなり言われても、対応できるかどうか」 「あああ……」  室内の空気が、また一段と重くなったような気がする。  残された猶予はあと一箇月もない。  実行委員達は集い、あわあわと作戦を練り始める。 「とにかくまずは、ええと、バスの手配と資料作りを急がなきゃだから……」 「資料は二年生が作ってるけど、期日を取り敢えず一週間くらい早められないか?」 「バスの手配は一年には厳しいだろ。三年がやるしかないんじゃ?」 「だーもう、急に忙しくなったな」  それを部屋の隅から傍観する者が二人。  一人は私。もう一人は同席していた生徒会の先輩だ。 「なんか生徒会を見てるみたいだね」 「そうですねえ……」  部外者の私達は苦笑いで惨状を眺めた。  容赦なく降りかかる業務に慌てながら対処する様は、確かに見覚えがあった。  ただし私が思い出したのは、高校の生徒会ではなく、中学時代。  自分が生徒会長を務め、がむしゃらに業務に当たっていた頃の記憶だ。 「ああ、取り敢えずこの二つを優先しないと! ほかは、この二つの状況を見て、週明けに割り振りを……」  混乱した様子で、急拵(きゅうごしら)えの指示が飛ぶ。 ──『取り敢えず、今はこっちを何とかしないといけないでしょ! 急ぎなんだから!』  怒気の混じった、可愛くない自分の声を思い出す。  中学時代の私は、思い返せばいつも怒っていた気がする。  今、高校の生徒会にいて、忙しいながらも混迷を感じないのはなぜだろう。  そう考えた時真っ先に思い浮かんだのは、ヘラリと半笑いする生徒会長の顔だった。 「あの、すみません」  そして。  柚木の顔がちらついて反射的に、私は集団に声をかけていた。 「忙しくて大変だと思いますが、こういう時こそ、一度落ち着いて計画を立てた方が良いと思います」  人波が引き、中央にいた実行委員長と目が合う。  私はなるべく柔らかい口調を心がけながら手を挙げた。 「貴女は、生徒会の……」 「部外者が口を出してしまってすみません」 「いや、それは構わないのだけど。急いでいて、そんな暇は……!」  焦ってパニックに陥っている実行委員長を見て思う。  彼は、少し前までの私によく似ている。  ともすれば、今でもそうなりかねないかと、心の中で苦笑する。  変わったのは、高校の生徒会に入ってから。  目先のことに囚われず、全体を見る大切さを教えてくれた生徒会長(ひと)がいたからだった。 「今から全力で急いでも、今日中にバスの手配をするのは難しいと思います。どの道次の登校日にやるしかないなら、この一時間をスケジュール組みに使った方が良いと思います。急ぎでない業務にも、いずれ締切は来るんですよね?」  落ち着いて伝えると、実行委員長はハッと口を開けた。 「そうだ。リハーサルもあるし、説明用資料だってそれなりに早く必要だ……」  忙しくて計画を立てる暇もない。  そんな時こそ、最低限のスケジューリングをしなければ、大切なことを取り零しかねないのだ。  特に、一人ではなく、複数人で事に当たるならば。 「各業務の最終締切から逆算して、仕事を割り振りましょう。黒板を借りても良いですか?」 「は、はい」  流れでつい仕切ってしまう。  私はこっそり自嘲の息を吐いてからチョークを取った。  先日生徒会で行われた『年間行事確認』を思い出す。  皆が全体像を共有するところまで後押しすれば、その先は実行委員だけで上手く回せるはずだ。  部外者の私にできるのは、最初の混乱を取り除く手伝いだけ。  引き際を考えながら、簡易なカレンダーを板書する。  そして実行委員を見回しながら、それぞれの業務を確認していった。
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