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「バスはいつ手配できるか分からないから、月曜日にすぐ確認してみるんですよね。日程表とルール説明書は、いつまでに欲しいって言われましたか?」
「すぐにでも欲しそうだったけど、明確には言われなかったな。説明用資料も」
「ではまず、なぜ早く必要なのか先方に事情を聞いて、締切の交渉をしてはどうでしょう。相手は『お客様』じゃないですし、そもそも完全に相手の都合です。いくら急いでもポンと日程表ができる訳がありませんし、少しはうちの事情を聞いてもらって構わないと思います」
「なるほど。それならこれも来週初めに電話してみようかな」
不思議なほどスラスラ言葉が出てきた。
客観的な意見を述べられるのは、岡目八目──私が完全な部外者だからだろうか。
「元々のスケジュールはどうでしょう。会場設営とか、リハーサルとか」
「ああ、じゃあそのスケジュールはアタシが書くよ」
「日程表を完成させるには、ここを先生に確認しないといけないから……」
委員長だけではなく、周囲の委員達も次々に声を上げる。
即席のカレンダーに、彼らが少しずつ予定を加えていく。
会話の中心が彼らに移行した頃を見計らい、私はそっと壁際に戻った。
「お疲れ様。すごかったね」
外から様子見していた生徒会の先輩に労われる。
自分の手を離れた実行委員会の賑わいを眺めながら、私は頭を掻いた。
「いえ、出すぎた真似をしてしまいました……」
出しゃばりもいいところだ。
だが口を出したことに後悔はない。
スケジュールを組んで初めて『どれほど急ぐ必要があるか』に気付くこともあるだろうから。
「あとは『スケジュールを全員で共有できるように』とだけ言えば、もう大丈夫かなと思います。生徒会のホワイトボードみたいに」
「ああ、良いね。掲示板に張り出しても良いし、スマホアプリで共有しても良いし」
「なるほど、その方がスマートかもしれませんね!」
先輩の提案に大きく頷く。
何か効率的な方法が見付かったら、生徒会に持ち帰ることもできるだろう。そうなれば僥倖だ。
口元を緩ませた私を見て、先輩が笑う。
「お見事だったよ。今日の青葉ちゃんは柚木会長みたいだった」
「えっ!? そうですか!」
応えた私の声は、明るく上擦っていた。
だらけた態度と裏腹に数手先を見据えている柚木には、中々並べるものではない。
目の前の業務に心を奪われがちな私にとって、先輩の言葉は嬉しい称賛だ。
四月、柚木の教室まで喧嘩を売りに行った時には想像もできなかった。
少しは前に進めていると良い。そう思う私の気分は爽やかだった。
やがて、スケジューリングと役割分担が終わったらしく、委員達がまばらに散る。
揃って疲れた顔だが、先程までの絶望感はいくらか薄れたように感じられた。
「ありがとう。お蔭で今何をすべきか整理できて、頭がすっきりしたよ。闇雲に突っ走ろうとしても駄目だね」
「いいえ、こちらこそ部外者なのに大変失礼しました」
微笑みを見せた委員長に頭を下げる。
素直に外部の意見を受け入れるこの柔軟さを、私の方こそ見習うべきだ。
委員長の横から、何人かの委員がひょっこり顔を出した。
「やあ、てきぱきしていてすごかったね! さすが生徒会!」
「いえいえ、そんな……」
褒め言葉に照れつつ謙遜する。と。
「うん。さすが『鬼会計』は伊達じゃないなって思ったよ!」
「おに……?」
不意に、一人が放った言葉に耳を疑う。
初耳ながら意味は分かる。
不名誉なあだ名に驚いて、私は発言者に詰め寄った。
「あ、あの! 私『鬼会計』って呼ばれてるんですか!?」
「い、いや、皆呼んでる訳じゃないと思うよ。他の人が言ってるのは聞いたことないし……」
問い詰められた生徒は後退りしながら目を逸らす。
発言の意味するところは、少なくともそう呼ぶ人物が一人いるということ。
「誰ですか!? そんなことを言う人は!」
掴みかからんばかりの勢いで問うと、答えはすぐに返ってきた。
「柚木くんだよ。僕と同じクラスの!」
その言葉にピタリと立ち止まる。
こめかみの辺りに力が入る。
「柚木、会長が……?」
傍にいた先輩がびくりと肩を震わせる。
零れ出た声は、先程までの上機嫌はどこへやら、低く可愛げのないものだった。
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