1話 労働とは情報戦だ

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「そ、それは……!」  言葉を返そうとして、思いとどまる。  私は、何を言おうとしているのだろう。  なぜこの場で、言い訳をしようとしているのだろう。 「事情があるのだろう? どうしても助力願いたくて、少し強引な手段で連れてきてもらったが……引き受けられないほどの、よほどの、譲れない理由があるのだろう?」  確かめるように問われ、良心が痛む。  槍でグサグサと胸を突かれているような、最悪な気分だ。  私は高校に入って変わったのだ。  お節介は焼かない。面倒事を避けて、現代っ子の女子高生として青春を謳歌するのだ。  繰り返し、頭の中で確認する度に、別の問いかけが反響する。  それは、困っている者の手を振り払ってまで実現すべき目標なのか。  SOSを無視してまで貫くことで、理想の人間になることができるのか。 ──後になって思えば、この時の私は、怒りと罪悪感で冷静さを欠いていた。  グルグルと自問自答を繰り返す私に、陣条はとどめの一言を繰り出した。 「選挙のある会長副会長と違って、指名制の会計は、実質任期がないようなものだ。人事部長としては、会計のできる人材を育成することに助力を惜しまない。しかし──人が育つまでの、今! この時! どうしても、どうしても、会計職を全うできる者が必要なのだ!」 「うぐっ……」  捨て犬のような目が、私をロックオンして揺るがない。  脇に目を逸らすも、場にいる全員が、私に切望の目を向けている。  私に助けを求めている。 『お願いだ、青葉。生徒会長をやってくれないか。お前しかいないんだ』  中学の頃の忌まわしい記憶が、脳裏を(よぎ)る。 ──そんな風に頼らないで。 ──そんな目で見ないで。 ──私には、できない、かもしれないのに。  そう、本音を言えたら楽なのだと、分かっているのに。 「……分かりました」  頼られたら、どうしたって断れない。  私は結局、弱虫のまま変わっていない。 「後任が見付かるまで、です。その間だけなら……お手伝いします」  私の返事に、聴衆が色めき立つ。  狂喜の声を聞きながら、私は自己嫌悪で押し黙っていた。 ──なんて、押しに弱い。  嘆息。  それと共に、私は室内を見回した。  壁際にいくつか並んだ机。  その中の一つ、ノートパソコンの上にまで書類が山積みになっている、異様な箇所が目に入る。 「もしかして、書類に埋もれているあの机が」  タラリと汗を垂らした私に対し、陣条が神妙に頷く。 「うむ。あれが会計の机だ。用がなければ誰も近寄りたがらない」 「……はは……」  乾いた笑いが口から漏れる。  引き受けた以上、四の五の言っている暇はなさそうだった。 「……では」  私は覚悟を決めて、頭を下げ、真っ正面から陣条を見つめ返した。 「昼休みの間に見られるだけ、あの書類を見ても良いですか? 引継書もあれば、一緒に見せてください」
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