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「会長。私のこと『鬼会計』って呼んでるってホント?」
週明けの月曜日。
私はホームルーム前の教室で、机に凭れる柚木に問うた。
一応笑みを浮かべようとするものの、口の端がピクピク引き攣って仕方ない。
柚木は私を見上げるとハッと半笑いした。
「ああ、呼んでるけど?」
「失っ礼なあだ名、付けないでくれる!? せめて内輪だけにしてもらって良いかな!?」
声を張って机に手をつく。
拳で机を叩かなくなっただけ成長したものだ。
「何言ってんだ。身内で変なあだ名付けても意味ないだろうが。『今年の会計は鬼のようだ』って吹聴しとけば、まともな決算書を出すところが増えると思ってな……」
「へーえ。つまり、決算してた五月にはもうそう呼んでたんだね? というか『変なあだ名』って分かった上で吹聴したんだね!?」
詰め寄るも、柚木は悪びれず口笛を吹く。
どうやら私はまた気付かぬうちに彼の掌で転がされていたらしい。
作戦と聞いて納得する気持ちと、否定したい心が綯い交ぜになって大変複雑な心境だ。
が、言いたいだけ言ってひとまず溜飲は下がった。机から手を離し呟く。
「事前に教えてくれても良かったのに」
「言ったら反対する奴がいるからな……」
「そりゃあ、最初は反対するだろうけど!」
「馬鹿、お前じゃねえよ……」
開き直って、呆れたような顔をする柚木。
見慣れた顔だが、ふと違和感を覚える。
てれんとした服装やだらけた姿勢は通常運転。
しかし今日は、やや声が小さく、語尾にも覇気がないように聞こえた。
「会長、もしかして今日元気ない?」
「あ?」
心配して声をかける。
彼は舌打ちすると、頭をガシガシ掻いた。
「まあ、五月病っつうか、六月病みたいなもんだ。気にすんな」
「大丈夫? 最近生徒会にいないこともあるけど……」
「生徒会が回ってんならいいだろ。オレはほずみーの追っかけで忙しいんだよ……」
そう言うと柚木はそっぽを向いた。
先程までの怒りはどこへやら、言葉少なな背中に心配を煽られる。
彼が熱烈に応援している女優・立花瑞穂。
生徒会についてならともかく、彼女について語る時だけは力強く熱弁する柚木だ。
しかし今日は、好きな女優の語り口までも萎れている。
普段の状態に輪をかけて無気力だ。
これは本格的に具合が悪いのではないか。
心配がむくむくと膨らむ。
後で堀米や八重野に相談してみようか。
そう思った私は、チラチラ振り返りつつ教室を後にした。
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